第8話 拾われる
近づいてくる船影は、先ほどの海賊船とは明らかに違う気品を纏っていた。
白い帆に、優雅な曲線を描く船体。舳先には、白鯨を象った彫刻が施されている。旗にはアウレリア王国の紋章と共に、私掠免状を示す印が掲げられていた。
「私掠船……」
蓮は緊張しながらも、小舟の上で立ち上がった。海賊よりは話が通じるはずだと、自分に言い聞かせる。とはいえ、私掠船もまた荒くれ者揃いだと聞いたことがある。油断はできない。
船が接近し、甲板から縄梯子が下ろされる。
「そこの小舟、身元を名乗れ!」
凛とした女性の声が、甲板から降ってきた。蓮が見上げると、そこには鎧を纏った若い女性が立っていた。歳の頃は蓮と近いだろうか。長い金髪を潮風になびかせ、腰には片手剣を提げている。その立ち姿には、蓮がこれまで見たことのないような凛々しさがあった。
「て、天草蓮といいます! アウレリア王国艦隊、エスペランサ号の乗組員でした! 嵐で流されて、その後、海賊に襲われて……」
「エスペランサ号だと?」
女性の表情が険しくなる。
「あの艦隊は、私も存じている。西方遠征の旗艦だ。まさか、生き残りがいたとはな」
女性は少し考えるような素振りを見せた後、部下に何かを命じた。
「梯子を下ろせ。この者を引き上げる」
「あ、ありがとうございます……!」
蓮は縄梯子を伝い、震える足で甲板へと上がった。周囲を取り囲む乗組員たちの視線が、ひどく居心地悪く感じられる。
「私はイザベラ・デ・ヴァルモンド。この私掠船《白鯨号》の船長だ」
改めて名乗った女性――イザベラは、蓮を値踏みするように見つめた。
「その盾、ずいぶんと様子がおかしいな。先ほどの砲撃、遠目に見えていたぞ。あの威力を、傷ひとつなく防ぎきったように見えたが」
蓮は言葉に詰まった。この不思議な力のことを、どう説明すればいいのか、まだ自分でも整理がついていない。
「……その、うまく説明できないんですけど。道具を、強化する力、みたいなものがあるみたいで」
「強化する力?」
イザベラの片眉が跳ね上がる。信じがたいという表情だったが、それでも興味を隠しきれないような光が、その瞳に宿っていた。
「まあいい。詳しい話は後で聞かせてもらう。今は休め。お前、ひどい顔色だぞ」
そう言われて初めて、蓮は自分の体が限界に近いことに気づいた。無人島での数日間、そして海賊との対峙。緊張が解けた途端、どっと疲労が押し寄せてくる。
「あ、ありがとう、ございます……」
蓮がそう言い終える前に、視界がぐらりと揺れ、意識が遠のいていった。
***
目を覚ましたとき、蓮は白鯨号の船室のひとつに寝かされていた。
「気がついたか」
声の方を見ると、イザベラが腕を組んで壁にもたれていた。
「あ……すみません、ご迷惑を」
「別に構わん。それより、聞きたいことが山ほどある」
イザベラはそう言うと、蓮の傍らにあった木の盾を手に取った。
「この力、詳しく聞かせてもらおう。使い方次第では、我々にとっても、お前にとっても、悪くない話になるかもしれない」
蓮は少し戸惑いながらも、これまでのことを――無人島での目覚め、鬼灯との再会、海賊船との対峙を、順を追って語った。イザベラは腕を組んだまま、時折目を細めながら、黙って耳を傾けていた。
「なるほどな」
すべてを聞き終えると、イザベラは静かに頷いた。
「アウレリア王国からの正式な召集ではなく、行き倒れの拾い者、というわけか。だが、その力は本物のようだ」
「あ、あの、それで、俺はこれからどうすれば……」
蓮が恐る恐る尋ねると、イザベラはふっと口の端を上げた。
「決まっているだろう。しばらくこの船に乗れ。次の航海で、その力とやらを見せてもらう」
その言葉に、蓮の中で何かがざわめいた。恐怖でも、不安でもない。これまで感じたことのない、微かな高揚感だった。
「はい……! よろしくお願いします!」
こうして天草蓮は、私掠船《白鯨号》の一員として、新たな航海に加わることになった。
無人島で目覚めた力を胸に、まだ誰も知らない、七つの海への航海が、今、静かに動き出そうとしていた。
(第一部・出港編 完)




