第7話 盾ひとつで
――ガンッ。
鈍い音と共に、火矢は盾に弾かれて海面へと落ちていった。
「な……!」
矢を放った海賊が、目を丸くする。蓮自身も、自分の手の中で起きたことが信じられずにいた。木の盾には焦げ跡ひとつついていない。まるで最初から鋼で出来ていたかのような手応えが、両腕に残っていた。
「今のは……」
蓮は震える手で盾を見つめた。難破船の残骸から拾い、これまで一度も観察したことのなかった木の盾。だが、あの一瞬、蓮の脳裏には、この盾がどんな木材で、どんな組み方をされているのか――理解というにはあまりに断片的な情報が、それでも確かに流れ込んできていた。
おそらく、極限状態がもたらした一種の閃きだったのだろう。あるいは、幼い頃から数えきれないほど見てきた「盾」という道具の一般的な構造についての、蓮の中に眠っていた知識の蓄積が、とっさに引き出されたのかもしれない。
理由はどうあれ、結果は目の前にあった。
「化け物か、てめえ……!」
海賊のひとりが吐き捨てるように言い、今度は数人がかりで矢を番える。鬼灯もまた、目を見開いたまま蓮を睨みつけていた。
「面白い。だが、それで凌げるのはそこまでだ」
鬼灯が合図を送ると、海賊船の甲板に据えられた小型の砲が、蓮の小舟へと照準を合わせ始めた。
「――砲撃、用意!」
蓮の背筋に冷たいものが走った。矢とは訳が違う。あの砲撃をまともに受ければ、いくら強化した盾でも耐えられるかは分からない。
(理解しろ。理解するんだ。この盾のことを、もっと深く)
蓮は極限まで集中し、手の中の盾を見つめた。木の目、継ぎ目、厚み、重心。焦りの中でも、意識のすべてを盾の構造を読み解くことに注ぎ込む。
「撃て!」
砲声が轟いた。白い煙と共に、砲弾が蓮めがけて飛んでくる。
蓮は盾を構え、心の中で強く念じた。
――耐えろ。何が来ても、砕けるな。
盾が再び光を帯びる。今度の光は、先ほどよりもはるかに強く、まるで盾そのものが意志を持ったかのように、蓮の腕にしっかりと吸い付いた。
砲弾が盾に直撃した瞬間、蓮の体は衝撃で小舟の中に吹き飛ばされた。
「――っ!」
背中を強く打ち付け、一瞬、息が詰まる。だが、痛みはそれだけだった。腕も、手も、ちぎれてはいない。恐る恐る顔を上げると、蓮の手にはまだ、あの木の盾がしっかりと握られていた。
盾には、傷ひとつついていない。
「……冗談、だろ」
砲を放った海賊が、呆然と呟いた。海賊船の甲板が、静まり返る。
蓮自身も、驚きのあまり言葉を失っていた。まさか本物の砲撃を、これほどまでに完全に防ぎきれるとは、自分でも想像していなかった。
「鬼灯さん……」
蓮は震える声で、かつての幼馴染を見上げた。鬼灯の表情には、驚愕と、それを上回る何か――苛立ちにも似た感情が浮かんでいる。
「化け物だな、お前は」
鬼灯は低く呟くと、部下たちに何かを命じた。
「退くぞ。今日のところはな」
「頭、こいつを仕留めなくていいんですか」
「あの化け物じみた防御を突破するには、今の装備じゃ足りねえ。無駄死にする気か」
鬼灯は忌々しげに蓮を一瞥すると、海賊船の帆を翻させた。
「蓮。次に会う時までに、せいぜい怯えて過ごすんだな」
その言葉を残し、海賊船は次第に遠ざかっていった。
蓮はしばらくの間、小舟の上で立ち尽くしていた。手の中の盾は、何事もなかったかのように静かな輝きを保っている。
「……生き延びた」
安堵と共に、体から力が抜けていく。緊張の糸が切れたように、蓮はその場に座り込んだ。
だが、安心している暇はなかった。海賊船が去った方角とは別の方向から、今度は別の帆影が近づいてきていたからだ。




