第6話 鬼灯の裏切り
出港の朝、蓮は強化した小舟に最低限の食料と水を積み込みながら、ふと違和感を覚えた。
――なぜ、自分だけがこの島に流された。
嵐の夜、蓮は確かに他の水夫たちと共に甲板で作業をしていた。エスペランサ号は大きな船だ。あの程度の嵐で、全員が散り散りになるとは考えにくい。それに、蓮が波に呑まれる直前、誰かに背中を押されたような感覚があった気がする。
「気のせい、だよな……」
自分にそう言い聞かせながら、蓮は小舟を海へと押し出した。強化された船体は、波打ち際の荒い流れをものともせず、するすると沖へと滑り出していく。
風を頼りに、蓮は記憶にある艦隊の航路を辿ろうと試みた。西へ向かっていたはずの艦隊。ならば自分は東へ戻れば、いずれ故郷か、寄港予定だった島に辿り着けるかもしれない。
半日ほど漕ぎ進めたころ、蓮の視界に、小さな帆影が映った。
「船だ……!」
蓮は夢中で手を振った。相手の船もこちらに気づいたのか、針路を変えて近づいてくる。しかし、近づくにつれて蓮の胸に不穏な予感が広がっていった。船体に描かれた紋章は、蓮の見知らぬものだった。海賊船に多く見られる、簡素で荒々しい意匠だ。
「……まずい」
逃げようにも、小舟一艘で追跡を振り切れるとは思えない。蓮は覚悟を決め、せめて抵抗するために強化した小刀を握りしめた。
海賊船が横付けされ、縄梯子が下ろされる。乗り込んできたのは、五、六人の荒くれ者たちだった。その先頭に立つ男の顔を見て、蓮は息を呑んだ。
「……鬼灯、さん?」
そこにいたのは、間違いなく鬼灯だった。エスペランサ号で共に働いていたはずの、幼馴染に近い間柄の男。だが、その表情には、蓮の知る親しみやすさのかけらもなかった。
「よお、蓮。生きてたのか」
鬼灯の声は、以前とは別人のように冷たかった。
「一体、どういう……。あなたも、嵐で流されたんですか?」
「嵐で、ね」
鬼灯は乾いた笑いを漏らした。その反応に、蓮の中で違和感が確信に変わっていく。
「まさか、俺を突き落としたのは……」
「察しがいいな。褒めてやるよ」
鬼灯はあっさりと認めた。周囲の海賊たちが、面白がるように笑い声を上げる。
「な、なんで……! 俺たち、同じ村の……」
「同じ村の出だから、なんだってんだ」
鬼灯の声に、初めて感情らしきものが滲んだ。ただしそれは、蓮の記憶にある温かさとは正反対の、苦々しい怒りだった。
「お前がのんきに道具いじってる間に、こっちがどれだけ苦労してきたか、お前は知らねえだろうが」
「鬼灯さん、それは……」
「黙れ」
鬼灯は蓮の言葉を遮ると、部下たちに目配せをした。海賊たちが得物を構え、小舟を取り囲む。
「悪いが、お前には消えてもらう。理由は、後でゆっくり聞かせてやるよ――地獄でな」
その言葉と共に、海賊のひとりが火矢を番えた弓を構えた。狙いは蓮の乗る小舟――正確には、蓮自身だ。
蓮の心臓が、大きく跳ねた。
だが、その手には、強化された小刀と、そして、あの小舟があった。
火矢が放たれる。橙色の軌跡が、蓮に向かって一直線に飛んでくる。
蓮はとっさに、傍らに立てかけてあった木の盾――難破船の残骸から拾い上げ、まだ何もしていなかったそれを、両手で構えた。
理解する時間などなかった。ただ本能的に、この盾に力を及ぼせないかと、強く願った。
――防いでくれ。
木の盾が淡い光を帯びたのは、火矢が届くまさに、その刹那のことだった。




