第5話 漂着した小舟
小舟は、半ば砂に埋もれた無残な姿だった。
船底には大きな穴が空き、舷側の板は何枚も剥がれ落ちている。帆柱は根元から折れ、帆布は千切れて砂まみれになっていた。誰がどう見ても、もう二度と海に浮かぶことはないと判断するだろう。
けれど蓮の目には、それはただの残骸には映らなかった。
「これなら……いけるかもしれない」
蓮は小舟に歩み寄り、まずはじっくりと観察を始めた。船底の穴の位置、板の継ぎ目の作り、竜骨の通り方。ひとつひとつを丁寧に確かめながら、頭の中でこの小舟がどのように組まれていたのかを思い描いていく。
もともと漁村育ちの蓮にとって、小舟の構造は決して未知のものではなかった。幼い頃から父の漁船の修理を手伝ってきた経験がある。だが、これまではただ「修理の手順」を覚えていただけだった。今の蓮は違う。なぜこの継ぎ目が水を通すのか、なぜこの竜骨の角度だと波に弱いのか――そうした「理由」まで踏み込んで理解しようとしていた。
数日かけて、蓮は小舟を丹念に調べ上げた。破損した部分を仮に修復しながら、木材の繊維の向き、釘の打ち方、防水のための樹脂の塗り方――ひとつひとつの工程を、頭に叩き込むように観察していく。
「……よし」
すべての観察を終えたとき、蓮は小舟の舷側にそっと手を触れた。
――もっと頑丈に。荒波でも沈まない船体になれ。
願いを込めるように念じると、小舟全体がぼんやりとした光を帯び始めた。光は船体の隅々まで駆け巡り、剥がれかけていた板がまるで生きているかのように舷側に吸い付いていく。折れていた帆柱も、まるで最初からそうであったかのように、まっすぐな一本の柱へと姿を変えていった。
光が収まったとき、そこにあったのは、以前とはまるで別物の小舟だった。
「……すごい」
蓮は思わず声を漏らした。船体の木目は依然として古びた色合いを保っていたが、触れてみるとその硬さはまるで違う。まるで鋼を薄く伸ばしたかのような、しなやかで頑丈な感触があった。
試しに、近くにあった重い石を拾い、船底に叩きつけてみる。
ゴン、という鈍い音がしただけで、船体には傷ひとつつかなかった。
「これなら……」
蓮の胸に、初めて明確な希望が灯った。この小舟があれば、この島を出られるかもしれない。故郷に、あるいは艦隊のもとに帰れるかもしれない。
けれど同時に、蓮の中には小さな戸惑いも残っていた。
(こんな力、今まで誰も持ってなかったはずだ。それとも、俺が気づいていなかっただけなのか……)
考えても答えは出なかった。ただひとつ確かなのは、この力を使いこなすには、まだまだ理解を深めていく必要があるということだった。
その日の夜、蓮は完成した小舟のそばで焚き火を熾しながら、これからのことを考えた。
島を出て、どこへ向かうべきか。艦隊が向かっていた西の海の彼方を目指すべきか。それとも、来た道を戻り、故郷を探すべきか。
どちらの答えも、蓮にはまだ見えなかった。
ただ、ひとつだけはっきりしていることがあった。
この力を持ったまま、いつまでもこの無人島に留まっているわけにはいかない、ということだ。
焚き火の炎が、強化された小舟の船体を淡く照らしている。波の音は相変わらず穏やかに、静かに、砂浜へと打ち寄せていた。
明日、蓮はこの島を出る。
その先に何が待っているのか、まだ誰も知らない。




