第57話 渦の底へ
準備を整えた艦隊は、再び、世界の果ての海域へと針路を向けた。
「今回は、白鯨号のみで挑む」
イザベラが、艦隊全体に向けて告げた。
「他の船では、この潜水艤装に耐えられない。犠牲を最小限にするためにも、精鋭のみで臨む」
白鯨号に乗り込んだのは、イザベラ、蓮、ヴェルミナ、ガイウス、ドルシス、ゼロ号、そして獅堂グレン――これまでの航海を共にしてきた、中核の面々だった。
「行くぞ」
イザベラの号令と共に、白鯨号は、再び大渦潮の外縁へと進んでいった。
「水圧、上昇しています。しかし、船体、問題なく耐えています!」
ヴェルミナの報告に、蓮は安堵の息を漏らした。潜水艤装は、確かに機能していた。
「このまま、渦の中心部へ!」
白鯨号は、複雑に渦巻く海流の中を、慎重に、しかし確実に、進んでいった。
「これは……」
窓――船体に設けられた、強化された特殊な硝子越しに見える光景に、蓮は息を呑んだ。渦潮の内部は、これまで見たどの海とも異なる、幻想的でありながら、どこか畏怖を感じさせる光景が広がっていた。
深く沈み込むにつれ、周囲の水圧は、これまでにない規模にまで達していった。船体が、時折、軋むような音を立てる。
「大丈夫か、船体!」
「持ちこたえています! ですが、限界に近づいています!」
ヴェルミナの緊迫した声に、蓮は、さらに深く、船体への理解を注ぎ込み続けた。
――もっと、深く。まだ、耐えられる。
その必死の想いに応えるように、船体は、軋みながらも、確かに、渦の奥深くへと進み続けた。
「あと少しです……!」
ゼロ号が、緊張した声で告げた。
『中心部への到達、まもなくと推測されます』
そして、ついに、白鯨号は、渦潮の最も深い部分――これまで、誰も辿り着いたことのない領域へと、足を踏み入れることとなった。
そこは、これまでの喧騒が嘘のように、静まり返った空間だった。
「これは……」
イザベラが、目の前に広がる光景に、言葉を失った。
渦の中心部には、これまで見たどの建造物とも異なる、静謐で、それでいて途方もない存在感を放つ、巨大な構造物が、静かに浮かんでいた。
『……この構造、私の記憶の最も深い部分と、強く共鳴しています』
ゼロ号が、震えるような声で告げた。
『ここは――「世界図管理局」。私を含む、あらゆる探査機を統括していた、根源の場所です』
「根源の、場所……」
蓮は、その言葉に、これまで感じてきた、あの違和感の正体が、ようやく明らかになろうとしていることを、直感的に理解した。
「行こう」
イザベラが、静かに、しかし確かな決意を込めて言った。
白鯨号は、その巨大な構造物の中心――静寂に包まれた、真実の待つ場所へと、ゆっくりと近づいていった。




