第54話 世界海洋連邦、建国
機巧文明中枢との交渉は、数週間にわたり、慎重に進められていった。
『我らは、かつて、この大陸において高度な文明を築いていました』
要塞の中枢――やがて、蓮たちは、それを「賢者機構」と呼ぶようになった存在が、静かに語り始めた。
『しかし、ある時を境に、我らを生み出した創造主たちの姿は、忽然と消えました。理由は、我らのデータベースにも、明確には記録されておりません』
「創造主たちが、消えた……」
蓮の脳裏に、ゼロ号のことが浮かんだ。
『ゼロ号と呼ばれる個体、あなた方が発見したという機巧鳥。そのデータ構造を確認させていただきたい』
賢者機構の要請に応じ、ゼロ号は、自らの記憶の一部を、賢者機構と共有した。
『……確認しました。この個体は、我らの文明が、外洋探査用に開発した特殊個体の生き残りのようです』
「じゃあ、ゼロ号は……」
蓮が尋ねると、賢者機構は、静かに続けた。
『はい。かつて、我らの文明が、この大陸の外――未知の海域を調査するために送り出した、探査機の一体です』
ゼロ号は、しばらく沈黙した後、静かに呟いた。
『……少しずつ、記憶が蘇ってきています。私は、確かに、この文明の一部だったようです』
その言葉には、どこか感慨深い響きが込められていた。
***
長い対話の末、賢者機構は、蓮たちの世界周航艦隊に対し、ひとつの提案を持ちかけてきた。
『我らは、創造主なき今、この大陸を、ただ守り続けることしかできません。しかし、あなた方の持つ、五大海洋勢力の統合という理念には、大きな可能性を感じています』
「可能性、というのは」
イザベラが尋ねると、賢者機構は、静かに答えた。
『我らの技術と、あなた方の理念――そして、蓮殿の持つ、理解に基づく強化の力。これらが組み合わされば、この世界全体の均衡を、さらに大きな規模で保つことができるかもしれません』
蓮は、その提案の重みを、深く噛みしめた。
「つまり、この大陸の文明も含めて、新たな枠組みを作る、ということですか」
『その通りです』
賢者機構は、静かに、しかし確かな意志を込めて続けた。
『既存の五大海洋勢力に、この大陸の技術と知見を加えた、新たな連邦体制――「世界海洋連邦」の樹立を、提案いたします』
この提案は、艦隊を通じて、遠く離れた五大海洋勢力の代表者たちにも伝えられた。長い協議の末、各勢力は、この壮大な構想への参加を、正式に決定することとなった。
***
それから数ヶ月後、大陸と旧世界、双方の代表者たちが一堂に会し、「世界海洋連邦」の建国が、正式に宣言された。
「これより、世界海洋連邦の樹立を、ここに宣言する」
イザベラが、集まった代表者たちを前に、厳かに告げた。
王国海軍の提督、大商会艦隊の指導者、私掠船同盟の代表、紅蓮率いる島嶼連合、シズカ率いる海洋教団、そして、賢者機構の代理として参加した、機巧文明の使者たち。
かつて対立し合っていた者たちが、こうして同じ理念のもとに集うその光景は、蓮にとって、これまでの航海のすべてが報われるような、深い感慨をもたらすものだった。
「蓮殿」
賢者機構の使者――人型の機巧が、蓮に向かって静かに語りかけた。
『あなたの理解に基づく力が、この壮大な統合の、確かな礎となりました』
「俺は、ただ道具を強化しただけで……」
蓮がいつものように口にしかけると、周囲から、これまでにない、温かい笑い声が起こった。
「その台詞、もう聞き飽きたと言っただろう」
紅蓮が、呆れたように、それでいて優しく笑った。
「本当に、あなたらしいですね」
シズカも、穏やかに微笑んだ。
イザベラは、蓮の隣に立ち、静かに、その手を握った。
「蓮。お前は、確かに、この世界を変えた」
その言葉に、蓮は、これまでにない、静かな充足感を胸に抱いた。
だが、この大きな達成の陰で、蓮の心には、ふと、ある小さな違和感が、静かに芽生え始めていた。
――なぜ、俺の力だけ、上限がないんだろう。
その違和感の正体を、蓮はまだ、正しく理解してはいなかった。
(第五部・世界周航編 完)




