第53話 三代目・桂雲田
機巧文明中枢との交渉準備が進む中、艦隊は、大陸沿岸の小さな入り江に、一時的な補給拠点を築くこととなった。
そこで、蓮たちは、思いがけない人物と出会うことになる。
「いやはや、こんな遠い異境の地で、まさか日ノ本の言葉を話す方々に出会えるとは」
流暢な、それでいて独特の抑揚を持つ言葉で話しかけてきたのは、着物姿の、恰幅の良い初老の男だった。
「あなたは……?」
イザベラが、驚きながら尋ねると、男は、芝居がかった仕草で一礼した。
「これはこれは、ご丁寧に。手前、三代目・桂雲田と申しましてな、生業は噺家でございます」
「噺家、ですか」
蓮も、興味深そうに尋ねた。
「はい。故郷では、多少なりとも名の知れた落語家だったのですが、ひょんなことから、この見知らぬ世界に迷い込んでしまいましてな」
桂雲田は、快活に笑いながら、自らの境遇を語った。彼もまた、蓮と同じように、故郷から遠く離れた、この異境の世界に流れ着いた者のひとりだった。
「以来、あちこちを渡り歩き、話芸を披露することで、糊口を凌いでまいりました」
「それは、大変だったでしょう」
イザベラが労いの言葉をかけると、桂雲田は、明るく首を振った。
「なに、贅沢は言えません。それに、話芸というのは、案外、どこの世界でも通じるものでしてな。人の心を和ませ、時に鼓舞する力は、言葉の壁を超えるものです」
その言葉に、蓮はふと、興味を惹かれた。
「桂雲田さん、もしよければ、俺たちの艦隊に加わってもらえませんか」
「おや、それは、またありがたいお申し出で」
「これから、機巧文明との重要な交渉を控えています。緊張の続く航海の中で、皆の心を和ませてくれる方がいてくれたら、心強いです」
蓮の言葉に、桂雲田は、しみじみとした表情を浮かべた。
「若いのに、良い心配りをなさる。よろしいでしょう、ぜひ、お供させていただきます」
こうして、桂雲田もまた、世界周航艦隊の新たな一員として加わることとなった。
***
それから数日、艦隊での桂雲田の存在は、蓮が予想していた以上の効果を発揮していった。
夜、緊張続きの航海に疲れた乗組員たちを前に、桂雲田は、故郷から伝わる滑稽噺や、時にはこの世界で見聞きした出来事を、巧みな話芸で披露して見せた。
「――と、まあ、こんな具合でございまして」
桂雲田の語り口に、乗組員たちの間から、久しぶりの笑い声が上がる。張り詰めていた空気が、少しずつ、和らいでいくのがわかった。
「大したもんだな、あの話芸は」
ガイウスが、感心したように呟いた。
「言葉の壁があっても、これほど人を惹きつけられるとは」
『興味深い現象です』
ゼロ号が、静かに分析を加えた。
『話芸というものは、単なる情報伝達を超えた、感情の共鳴を生み出すもののようですね』
蓮もまた、桂雲田の話芸に耳を傾けながら、これまでとは違う種類の「力」の存在を、感じ取っていた。道具を強化する自分の力とは、また違う形で、人の心を動かし、支える力。
「あなたの話芸も、ある意味、俺の力と似ているのかもしれませんね」
蓮がそう言うと、桂雲田は、少し驚いたように蓮を見つめた。
「ほう、それは、どういう意味で」
「対象を深く理解して、その本質を引き出す。桂雲田さんも、人の心の機微を深く理解しているからこそ、あれほど人を惹きつける話ができるんじゃないでしょうか」
桂雲田は、しばし考え込んだ後、愉快そうに笑った。
「これは、なかなか鋭いことをおっしゃる。若いのに、面白い視点をお持ちだ」
こうして、故郷から遠く離れた地で出会った、噺家・桂雲田もまた、世界周航艦隊にとって、かけがえのない仲間のひとりとなっていった。緊張の続く航海の中で、彼の話芸は、艦隊全体の士気を、静かに、しかし確かに支え続けることとなる。




