第52話 タケルとジロウ
要塞中枢からの未知の声に、艦隊全体が緊張に包まれる中、意外にも、事態はそれ以上の戦闘には発展しなかった。
『侵入者、いや――対話を求める者、と再定義します』
その声は、静かに、しかし確かな知性をもって語りかけてきた。
『あなた方は、我らの防衛機構を、破壊ではなく、無力化する形で突破しました。これは、我らのデータベースにおいて、極めて稀有な事例です』
「対話が、できるということですか」
イザベラが、慎重に問いかけた。
『可能です。ただし、詳細な対話には、然るべき手続きと時間が必要となります』
こうして、機巧文明の中枢との、本格的な交渉の場が、慎重に整えられていくこととなった。
***
交渉の準備が進む一方、艦隊の甲板では、これまでの緊張をほぐすように、賑やかな声が響いていた。
「おいジロウ、聞いたか! あの中枢とやら、本当に喋ったらしいぜ!」
「聞いた聞いた! いやぁ、タケル、俺たちの艦隊も、とうとう機巧の遺跡と会話するレベルまで来ちまったか!」
賑やかにやり取りしているのは、艦隊の見張り台を任されている、タケルとジロウという二人組だった。世界周航の途中、寄港した島で意気投合し、そのまま艦隊に加わった、掛け合い漫才師のような二人組である。
「しっかし、蓮の兄貴の強化倍率、もうわけわかんねえレベルだよなあ」
タケルが、感心したように言うと、ジロウが即座に突っ込んだ。
「わけわかんねえ、じゃ説明になってねえだろ! ちゃんと解説しろ!」
「あ、そうだった! えー、皆さん、ご覧ください! 兄貴が最初に強化した小刀、切れ味たったの千倍でした!」
「小せえ!」
「それが今や、要塞の防衛機構をぶち抜く一撃ですよ! 倍率で言えば、もはや天文学的数字!」
「数字も出せてねえじゃねえか!」
二人の掛け合いに、周囲の乗組員たちから、思わず笑いが起こった。緊張続きの航海の中で、この二人の存在は、艦隊にとって、貴重な息抜きの種となっていた。
「なあ蓮の兄貴、ちょっといいか」
タケルが、蓮のもとへと歩み寄ってきた。
「あ、はい、なんでしょう」
「俺たち思うんだけどよ、兄貴の力の凄さって、皆、正直、実感しきれてねえと思うんだよな」
「そう、なんですか?」
「せや」
ジロウが続けた。
「だから俺たちが、見張り台から、兄貴の強化した装備の性能とか、戦況の解説とかを、面白おかしく実況することにしたんすわ」
「実況、ですか」
「せや! 兄貴のすごさを、もっと皆にわかりやすく伝える! それが俺たちの役目や!」
タケルとジロウの提案に、蓮は少し照れくさそうに、それでいて嬉しそうに笑った。
「よろしくお願いします」
「任しとけ!」
こうして、この日以降、艦隊での大きな戦闘や強化の場面には、必ずタケルとジロウの軽妙な実況が入るようになった。時に大袈裟に、時に的確に、蓮の力の凄さを、誰もがわかりやすい言葉で伝えてくれる二人の存在は、緊張の続く世界周航において、乗組員たちの士気を支える、大きな存在になっていった。
「にしても、これから始まる交渉、どうなることやらなあ」
タケルが、要塞の方角を見やりながら呟いた。
「ま、蓮の兄貴たちなら、なんとかするやろ」
ジロウの気楽な言葉に、蓮は苦笑しながらも、静かに頷いた。
未知の文明との、本当の意味での対話が、いよいよ始まろうとしていた。




