第50話 海流ワープ航法
旗艦の速度向上により、艦隊は当初の予定よりも大幅に早く、大陸奥地への海域へと進むことができていた。
だが、ある日、艦隊は、これまで経験したことのない、異様な海域に差し掛かった。
「これは……」
イザベラが、目の前に広がる光景に息を呑んだ。海面のあちこちに、渦を巻くような、奇妙な海流の乱れが発生している。
『この海域、記録にあります』
ゼロ号が、緊張した様子で告げた。
『失われた文明が、かつて「海流結節点」と呼んでいた場所です。通常の航海術では、決して突破できない難所とされています』
「迂回はできないのか」
イザベラの問いに、獅堂グレンが答えた。
「迂回すれば、さらに一月以上、遠回りになる。俺も、これまで、この結節点を突破する術は見つけられなかった」
蓮は、複雑に渦巻く海流を、じっと見つめた。
「もしかしたら、これも、理解すれば、突破できるかもしれません」
「海流を、理解する、というのか」
イザベラが、驚いたように蓮を見た。
「羅針盤のときと、同じです。ただ方角を示すだけの道具じゃなく、その奥にある可能性を、理解しようとしたときに、力が発現しました。この海流も、同じような可能性を秘めているかもしれません」
蓮は、船の甲板から、じっと海流の動きを観察し始めた。
数日にわたる観察の末、蓮は、この結節点の複雑な海流に、ある一定の規則性があることに気づいた。まるで、意図的に「作られた」かのような、精緻なパターンだった。
『蓮殿、この規則性、私の記憶の断片と、共鳴する部分があります』
ゼロ号が、静かに告げた。
『失われた文明は、海流そのものを操作する技術を持っていたのかもしれません』
「海流を、操作する……」
蓮は、これまでの理解を、さらに一段階、深めることを決意した。
「試してみます」
蓮は、白鯨号の船体――今や、風だけでなく、あらゆる自然の力と共鳴するようになっていたその船体に、静かに両手を添えた。
――この海流の規則性を、完全に理解させてくれ。そして、その流れを、味方につけさせてくれ。
これまでで最も長い時間をかけて、蓮は理解を深めていった。渦の生成される仕組み、その裏に隠された自然の法則、そして、それを制御するための鍵となる要素。
やがて、蓮の中で、すべてが繋がった瞬間が訪れた。
「――見えた」
蓮が静かに呟くと、白鯨号の船体全体が、これまでにないほど巨大な光の渦に包まれた。
「うおおおおお……!」
甲板の乗組員たちが、思わず声を上げる。船体を包む光は、まるで海流そのものと共鳴するかのように、複雑な紋様を描きながら、渦を巻いていった。
光が収まったとき、白鯨号は、これまでとは根本的に異なる何かを、その内に宿していた。
「試してみましょう」
蓮の提案で、艦隊は、結節点の入り口へと、慎重に進んでいった。
白鯨号が結節点の海流に触れた瞬間――船体は、まるで海流そのものに導かれるかのように、これまでにない速さで、複雑な渦の中を、正確に、そして安全に、通り抜けていった。
「な……! 一瞬で、突破した……!?」
獅堂グレンが、驚愕の声を上げた。
「これが、蓮殿の言っていた、可能性、ですか」
ドルシスも、感嘆の表情で船体を見つめた。
『海流を制御する新航法――「海流航法」の確立、確認しました』
ゼロ号が、興奮した様子で報告した。
イザベラは、満足げに、そして誇らしげに頷いた。
「これで、これまで誰も突破できなかった難所を、瞬時に越えられるようになった。大陸奥地までの道のりも、さらに短縮できるだろう」
蓮は、疲労困憊でありながらも、確かな達成感を胸に抱いていた。
この日確立された海流航法は、後に、世界周航そのものの常識を大きく変える、重要な技術となっていく。だが、この技術の真の価値が明らかになるのは、まだ先のことだった。




