第46話 機巧鳥ゼロ号
出港から一月あまり、世界周航艦隊は、これまで誰も足を踏み入れたことのない海域へと差し掛かっていた。
「見たこともない海流だ……」
ヴェルミナが、海図に記されていない、複雑な潮の流れを見つめながら呟いた。強化された羅針盤「導きの目」がなければ、とうに航路を見失っていただろう。
そんなある日、見張り台から、思いがけない報告が届いた。
「船長! 前方に、難破船らしき残骸を発見しました!」
近づいてみると、それは、これまで見たこともない意匠の船の残骸だった。木材の質感も、造船の技法も、蓮たちの知るものとはまるで異なっている。
「これは……」
蓮は、慎重に残骸を調べ始めた。すると、瓦礫の中から、奇妙な物体が見つかった。
鳥を模した、精緻な機巧仕掛けの人形だった。羽根の一枚一枚まで丁寧に作り込まれ、内部には見たこともないほど複雑な機構が組み込まれている。
「これは、一体……」
蓮が慎重に持ち上げると、機巧の鳥は、ぴくりとも動かなかった。長い年月、海底に沈んでいたのだろう、あちこちに損傷が見られる。
「未知の文明の遺物、かもしれませんな」
ドルシスが、興味深そうに機巧鳥を覗き込んだ。
「私の故郷の技術とも、また異なる作りです。これほど精緻な機構は、私も見たことがありません」
蓮は、この機巧鳥に強い興味を惹かれた。これまで強化してきた、船や砲、羅針盤とは、明らかに一線を画す複雑さがある。
「直せるか、蓮」
イザベラの問いに、蓮は真剣な表情で頷いた。
「やってみます。時間はかかるかもしれませんが」
***
それから数日、蓮は寝食を惜しんで、機巧鳥の解析に没頭した。内部の機構は、蓮のこれまでの理解を、大きく超える精巧さを持っていた。歯車の一つ一つ、配線のような細い線の一本一本を、丁寧に、丹念に読み解いていく。
「んだこの仕組み……。わし、こったらの見たことねっす」
ゴンザも、興味深そうに作業を手伝った。
「材木じゃねぐて、金属と、なんか見たことねえ素材でできてんだな」
蓮は、理解を深めるたびに、この機巧鳥が、ただの装飾品や玩具ではないという確信を強めていった。何か、明確な「意志」を持つように設計された存在――そんな印象を、蓮は拭えずにいた。
長い時間をかけ、ようやく機巧鳥の構造の大部分を理解し終えたとき、蓮は静かにそれに手を添えた。
――目を覚ましてくれ。お前の中に眠っている、本来の姿を取り戻してくれ。
強く念じた瞬間、機巧鳥は、これまでにないほどまばゆい光を放った。
「うわっ……!」
周囲の人々が、思わず目を覆う。光が収まったとき、機巧鳥の目に見える部分――小さな宝玉のような瞳が、淡く発光しながら、ゆっくりと開かれた。
『……起動、確認』
機巧鳥から、機械的でありながら、どこか感情を感じさせる声が発せられた。
「しゃ、喋った……!?」
蓮は、驚きのあまり、思わず後ずさりした。
『我が名は、識別番号ゼロ。本来の役割は――記憶が、一部欠損しているようです』
機巧鳥は、羽をぱたぱたと動かしながら、蓮の周囲を旋回した。
『あなたが、私を目覚めさせてくれたのですね。感謝いたします』
「あ、あの、俺は天草蓮といいます。えっと、その……」
蓮が戸惑いながら名乗ると、機巧鳥は、こてん、と首を傾げるような仕草を見せた。
『天草蓮殿。では、私のことは、ゼロ号とお呼びください』
その仕草は、まるで幼い子供のように愛らしく、周囲の緊張を、少しだけ和ませた。
「ゼロ号、か」
イザベラが、興味深そうに機巧鳥――ゼロ号を見つめた。
「未知の文明の技術を宿した、目覚めた機巧か。これは、貴重な仲間になりそうだ」
ゼロ号は、嬉しそうに(そう見えるように)羽を広げ、蓮の肩に、ちょこんと止まった。
『これからよろしくお願いいたします、蓮殿』
こうして、失われた文明の技術を宿す、自我を持つ機巧の海鳥――ゼロ号が、世界周航艦隊の新たな仲間として加わることとなった。この出会いが、後に世界の真相を解き明かす、重要な手がかりとなることを、この時の蓮たちは、まだ知らなかった。




