第44話 海洋覇権の完成
ドルシスの過去を知ってから数ヶ月、五大海洋勢力の統合に向けた交渉は、着実に実を結びつつあった。
「大商会艦隊、正式に統合構想への参加を表明しました」
「王国海軍からも、正式な承認が下りました」
次々と届く報せに、白鯨号の面々は、喜びと共に、その責任の重さを噛みしめていた。
「あとは、私掠船同盟の最終的な合意だけだな」
イザベラの言葉に、ヴェルミナが頷いた。
「同盟内でも、統合への賛同は着実に広がっています。ガイウスの実力と、蓮の誠実な言葉が、大きく後押ししたようです」
「俺は、そんな大したことは……」
蓮がいつもの謙遜を口にしかけると、周囲から、これまでにない反応が返ってきた。
「またそれか」
紅蓮が呆れたように笑う。彼女もまた、統合構想の中心的な協力者として、頻繁に白鯨号を訪れるようになっていた。
「あなたのその謙遜、そろそろ聞き飽きたわ」
「す、すみません……」
「謝ることじゃないでしょう」
シズカも、穏やかな笑みを浮かべながら口を挟んだ。
「あなたの功績は、この海の均衡を守る、大きな礎となっております。もう少し、胸を張ってもよろしいのではありませんか」
蓮は、少し照れくさそうにしながらも、以前よりも素直に、その言葉を受け止めることができるようになっていた。
***
そして、統合構想が発表されてから約一年後。五大海洋勢力の代表者たちが、初めて一堂に会する、歴史的な会合が開かれることとなった。
王国海軍の提督、大商会艦隊の新たな統一指導者、私掠船同盟の代表者、島嶼連合を束ねる紅蓮、そして海洋教団の巫女長シズカ。それぞれの代表者が、円卓を囲んで顔を揃えた光景は、これまでの海の歴史において、前例のないものだった。
「これより、五大海洋勢力による、海洋均衡協定の締結式を執り行う」
進行役を務めるヴェルミナの声が、会場に厳かに響いた。
各勢力の代表者たちが、次々と協定書に署名していく。長きにわたる対立の歴史を持つ勢力同士が、こうして同じ卓を囲んでいること自体、多くの者にとって、感慨深いものがあった。
「この均衡が、いつまで続くかは、正直、わからない」
イザベラが、蓮に小さく耳打ちした。
「人の欲望や思惑は、そう簡単には消えないからな。だが、少なくとも今、この瞬間、確かな一歩が踏み出された」
すべての署名が終わると、会場には、静かな、しかし確かな達成感が広がった。
「天草蓮殿」
王国海軍の提督が、蓮に向かって声をかけた。
「此度の均衡協定、そなたの存在なくしては、決して成し得なかったであろう」
「私も、同意見です」
紅蓮が続けた。
「あなたが真っ直ぐに語ってくれた言葉が、私たちの心を動かしたのよ」
シズカもまた、穏やかに頷いた。
「均衡を保つという、教団が長年掲げてきた理念を、これほどの形で実現していただけたこと、心より感謝申し上げます」
各勢力の代表者たちからの言葉に、蓮は、これまでにない感情を胸に抱いていた。
「俺は、道具を強化することしかできません」
蓮は、静かに、それでいて、以前よりも確かな声で続けた。
「でも、その力が、こうして、皆さんの想いを繋げる一助になれたのなら――嬉しいです」
その言葉は、いつもの謙遜とは、少し違う響きを持っていた。自分の力を否定するのではなく、その役割を、静かに、しかし確かに受け入れる言葉だった。
イザベラが、その様子を、誇らしげに見つめていた。
こうして、七つの海の均衡を守るための、五大海洋勢力の統合――「海洋覇権」の完成が、静かに、しかし確実に、達成された。
だが、この物語は、まだ終わりではなかった。
海の均衡が定まったその先には、これまで誰も足を踏み入れたことのない、未知の大陸への航海が、静かに待ち構えていた。
(第四部・海洋覇権編 完)




