第43話 ドルシスの過去、判明
王国海軍との交渉を終え、白鯨号は一旦、カラベラへと帰投した。統合構想は着実に前進していたが、蓮の中には、ずっと気にかかっていることがあった。
――ドルシスさんの、過去のこと。
決戦前夜、ドルシスが見せた、あの影のような表情。それが何を意味するのか、蓮はまだ聞けずにいた。
「ドルシスさん、少し、お時間いいですか」
船大工小屋を訪ねると、ドルシスは静かに顔を上げた。
「蓮殿ですか。ちょうど、良い頃合いかもしれませんな」
ドルシスは、道具箱の奥から、色褪せた一枚の絵姿を取り出した。
「これを、あなたに見せる時が来たようです」
蓮は、差し出された絵姿を、そっと受け取った。そこに描かれていたのは、蓮が見たこともないような、壮麗な港湾都市の風景だった。巨大な船渠、精緻な機構を持つ造船設備、そして、見たこともない意匠の船々。
「これは……」
「私の故郷、ガレアス島の姿です」
ドルシスは、遠い目をしながら語り始めた。
「かつて、私の故郷は、他のどの国よりも進んだ造船技術を持つ、独立した島国でした。この絵に描かれた港も、当時は世界中から羨望される、繁栄の象徴だったのです」
「それが、なぜ……」
蓮の問いに、ドルシスは、深いため息をついた。
「豊かさというものは、時に、争いの火種にもなります」
ドルシスの声には、深い悔恨の色が滲んでいた。
「島の内部で、造船技術の恩恵をどう分配するかを巡り、二つの派閥が対立するようになりました。私は、その一方の派閥――技術者たちを束ねる立場にありました」
「対立は、激化していったんですね」
「ええ。愚かなことに、私たちは、互いに相手を打ち負かすことばかりに気を取られ、外部からの脅威に対する備えを、すっかり怠っていたのです」
ドルシスは、拳を強く握りしめた。
「ある日、島の混乱に乗じて、外部の勢力が侵攻してきました。私たちは、内部対立で疲弊しきっており、まともな抵抗もできませんでした」
「島は、どうなったんですか」
「陥落しました。多くの技術者、そして、私が愛した家族も、その戦乱の中で命を落としました」
ドルシスの声が、初めて震えた。
「私は、生き延びることができた自分自身を、長らく許せずにいました。ただ、生き延びた技術と経験を、せめて誰かの役に立てることができれば――そう思い、各地を彷徨った末、この島に流れ着いたのです」
蓮は、言葉を失っていた。ドルシスの過去には、蓮がこれまで経験してきた痛みとは、また異なる重みがあった。
「ドルシスさん」
蓮は、静かに口を開いた。
「あなたの経験があったからこそ、俺は、多くのことを学ぶことができました。ガレオン艦隊も、カラベラを守った要塞砲も、あなたの知識がなければ、成し得なかったことです」
「蓮殿……」
「あなたの故郷で失われたものは、決して戻ってはこないかもしれません。でも、あなたの経験と技術は、確かに、多くの命を救うことに繋がっています」
ドルシスは、しばらく黙って蓮を見つめていた。やがて、その目に、静かな涙が浮かんだ。
「ありがとうございます、蓮殿。長らく、この過去を、誰にも語ることができずにいました」
「これからも、話を聞かせてください。あなたの経験は、この先の航海にも、きっと大きな力になるはずです」
蓮の言葉に、ドルシスは静かに頷いた。
この日、蓮はドルシスの過去を通じて、内部対立が、いかに大きな悲劇を招くかを、改めて深く胸に刻んだ。それは、今まさに進めている五大海洋勢力の統合という構想の、重要性を再確認させる出来事でもあった。
――だからこそ、この統合を、必ず実現させなければならない。
蓮の決意は、この日、また一段と強固なものへと変わっていった。




