第42話 王国海軍、参戦
大商会艦隊内部での対話は、予想以上に長い時間を要した。
イザベラとヴェルミナは、交易重視派と軍事拡大派、それぞれの陣営と粘り強く対話を重ね、五大海洋勢力統合構想がもたらす利点を、丁寧に説明していった。
「統合が実現すれば、艦隊単独で軍備を拡大する必要性そのものが薄れます」
ヴェルミナは、軍事拡大派の当主に向けて、冷静に語りかけた。
「一方で、交易路の安全もまた、統合された勢力全体で保障されることになるでしょう」
イザベラは、交易重視派の当主に対しても、同様の説得を続けた。
数週間にわたる粘り強い交渉の末、両陣営はついに、内紛を一時棚上げし、統合構想への参加を検討することで合意に達した。
「まさか、本当にまとまるとはな」
事情を知る商会の古参が、感嘆の声を漏らした。
「ヴェルミナ殿が戻ってきてくれたおかげだ。心から感謝する」
ヴェルミナは、少し複雑な表情を浮かべながらも、静かに頷いた。
「私自身のためではない。この海全体の均衡のためだ」
***
大商会艦隊との合意を取り付けた白鯨号は、いよいよ、五大海洋勢力の中でも最大の存在――アウレリア王国海軍との交渉に臨むこととなった。
「王国海軍との交渉は、これまでで最も慎重を要する」
イザベラは、王都へと向かう道中、緊張した面持ちで語った。
「王国は、この海域における名目上の支配者だ。統合構想が、王国の権威に対する挑戦と受け取られれば、我々はたちまち、逆賊の烙印を押されかねない」
「そんな……」
蓮が不安げに呟くと、ヴェルミナが補足した。
「幸い、ザガレスの失脚により、王国内でも、地方総督による専横への警戒が高まっている。統合構想を、王国全体の安定に資するものとして提示できれば、決して不可能な交渉ではない」
王都に到着した白鯨号一行は、王国海軍の重鎮――提督の一人との謁見を許された。
「白鯨号の噂は、王都にも届いている」
初老の提督は、蓮たちを鋭い眼差しで見据えた。
「カラベラでの一件、そしてザガレス失脚の背景に、お前たちが関わっていることも、承知している」
「此度は、五大海洋勢力の統合という、大きな構想をお伝えしたく参上いたしました」
イザベラが、丁寧に、しかし毅然とした態度で構想を語り始めた。
提督は、しばらく黙って耳を傾けていた。
「面白い話だ」
やがて、提督は静かに口を開いた。
「だが、王国海軍が、私掠船や商会、ましてや島嶼連合などと肩を並べる、というのは、簡単には受け入れがたい話でもある」
「提督閣下」
蓮が、思い切って口を開いた。
「ザガレスのような野心家が、また現れないとは、誰にも断言できません。もし、王国全体がその野心に振り回されることになれば、被害を受けるのは、結局、王国自身の民たちです」
提督の眼差しが、蓮に向けられた。
「小僧、名は」
「天草蓮、と申します」
「噂に聞く、道具を強化する水夫か」
提督はしばし蓮を見つめた後、小さく頷いた。
「お前の言葉には、確かに理がある。それに――」
提督は、ふと窓の外、遠く広がる港の光景を見やった。
「王国もまた、この海に浮かぶ、ひとつの勢力に過ぎない。永遠に安泰などということは、あり得ないのだからな」
長い沈黙の後、提督は静かに告げた。
「この件、正式に上申しよう。王国としても、統合構想への参加を、前向きに検討する」
その言葉に、蓮たちは静かに、しかし確かな安堵の息を漏らした。
こうして、五大海洋勢力のうち、最も影響力の大きい王国海軍もまた、統合構想への参加を、正式に検討し始めることとなった。
残るは、大商会艦隊の正式な合意と、そして――島嶼連合との関係を、より確固たるものにする作業だけとなっていた。




