第38話 紅蓮の過去
紅蓮の招きにより、蓮とイザベラ、ヴェルミナは、島嶼連合の本拠地に滞在を許されることとなった。
「話を聞かせてもらう前に、少し見せたいものがあるわ」
翌朝、紅蓮は蓮たちを、本拠地の奥にある小さな祠へと案内した。珊瑚と貝殻で飾られたその祠には、古びた木製の位牌のようなものが、幾つも並べられていた。
「これは……」
「私の故郷、紅珊瑚島で亡くなった者たちの、名を刻んだものよ」
紅蓮は静かに、祠の前に膝をついた。
「三十年前のことよ。豊かな漁場と、貴重な香料が採れることで知られた、小さな島だったわ」
紅蓮は、遠い目をしながら語り始めた。
「ある日、王国の名を借りた商団を装った船団が、島に上陸してきた。最初は友好的な交易を装っていたけれど――」
紅蓮の声が、わずかに震えた。
「島の資源に目をつけた彼らは、次第に横暴な要求を突きつけるようになった。抵抗した島民たちは、容赦なく武力で鎮圧されたわ」
「そんな……」
蓮は言葉を失った。
「私はまだ幼く、母に連れられて、命からがら島を脱出した。だけど、父は……」
紅蓮は、そこで一度言葉を切った。
「父は、島に残り、最後まで抵抗を続けた。結局、島は焼き払われ、多くの命が失われた」
祠の前で、紅蓮はしばらく黙り込んでいた。
「生き延びた私たちは、その後、各地を彷徨いながら、同じように故郷を失った者たちと出会っていった。そうして少しずつ集まった者たちが、今の島嶼連合の始まりよ」
「紅蓮殿……」
イザベラが、静かに口を開いた。
「その痛みを、私たちは完全には理解できないかもしれません。ですが、少なくとも、二度と同じ悲劇を繰り返させないという想いは、共有できると信じています」
紅蓮は、イザベラを見つめた後、ふと蓮の方に視線を移した。
「蓮、あなたは、カラベラという島を救ったと聞いたわ」
「は、はい」
「その時、あなたは、何を思っていたの」
蓮は、少し考えてから、正直に答えた。
「守れるかもしれない命がある、という事実に、重圧と、それ以上の決意を感じていました。誰かの大切な場所が、理不尽に奪われるのを、見過ごしたくなかったんです」
その言葉に、紅蓮はしばらく黙っていた。やがて、静かに立ち上がり、祠に向かって深く一礼した。
「父さん、母さん。もしかしたら、今度は――」
紅蓮は、蓮たちの方を振り返った。その瞳には、これまでの警戒とは違う、何か新しい光が宿っていた。
「あなた方の想い、もう少しだけ、信じてみようと思うわ」
その言葉に、蓮は静かに胸を撫で下ろした。
「ただし」
紅蓮は、鋭い視線を再び蓮たちに向けた。
「もし、この信頼が裏切られたなら――今度こそ、島嶼連合は、容赦しないわ」
「承知しています」
イザベラが、真剣な表情で頷いた。
こうして、島嶼連合と白鯨号の間に、脆いながらも、確かな信頼の糸が結ばれ始めた。悲しい過去を乗り越え、新たな協力関係を築くための、長い道のりの、最初の一歩だった。




