第35話 植民地戦争、終結
新たな仲間を迎え、体制を整えた白鯨号は、それから数ヶ月にわたり、ザガレスの脅威に晒される弱小植民地への支援を続けていった。
「西の入植地、ミラベル島からの救援要請です」
「東の交易拠点、ポルタソルからも、防衛強化の依頼が届いています」
次々と舞い込む要請に応えるため、蓮は各地を巡り、老朽化した砲や船を強化して回った。ゴンザの材木の目利きと、蓮の理解を深める観察眼、そしてドルシスの豊富な経験――三者の力が組み合わさることで、防衛体制の構築は、以前とは比較にならないほどの速さで進んでいった。
ボンゾウの人脈による物資調達も、大きな支えとなった。
「武器も船具も、わいに任せとけば、どこよりも早う、ええもん揃えたるで」
ボンゾウの言葉通り、必要な資材は滞りなく各地へと届けられていく。
シズカ率いる海洋教団もまた、各地の情勢を的確に伝え、時には外交的な仲裁にも動いてくれた。
「ザガレス様の勢力圏、西方三島にまで及んでいるとの報せがございます」
「教団の仲介により、二つの入植地の間で、防衛協定が締結されました」
こうした地道な連携の積み重ねにより、ザガレスの勢力拡大は、次第にその勢いを削がれていった。
***
そんなある日、カラベラに、思いがけない報せが届いた。
「ザガレス、失脚だと?」
イザベラが驚きの声を上げた。
「詳細は、まだ確認中ですが……」
ヴェルミナが持ち込んだ情報によれば、度重なる侵略の失敗と、その責任を巡る本国――アウレリア王国内での政争の末、ザガレスはついに大陸総督の座を追われることになったという。
「まさか、これほど早く事態が動くとは」
イザベラは、半信半疑ながらも、安堵の表情を浮かべた。
「これで、少なくとも、当面の脅威は去った、ということか」
「そのようです」
ヴェルミナが慎重に付け加えた。
「ただし、ザガレスの野心そのものが、完全に消えたわけではないでしょう。彼のような思想を持つ者は、この広い海に、他にもいるはずです」
その言葉に、蓮は静かに頷いた。ひとつの脅威が去っても、この海には、まだ多くの困難が待ち受けている。それでも、確かにひとつの区切りがついたことを、蓮は実感していた。
***
数日後、カラベラを含む周辺の弱小植民地の代表者たちが、感謝の意を示すため、カラベラの広場に集まった。
「白鯨号の皆様、そして――天草蓮殿」
代表者のひとりが、蓮の前に進み出た。
「あなた方の助けがなければ、私たちの島々は、とうにザガレスの支配下に落ちていたことでしょう。この場をお借りして、心よりの感謝を申し上げます」
住民たちの間から、温かい拍手が沸き起こる。蓮はいつものように、俯きがちになりながらも、以前とは少し違う感覚を覚えていた。
――少しだけ、堂々としてもいいのかもしれない。
ガイウスの言葉、ヴェルミナの指摘、イザベラの想い。積み重なってきたそれらの言葉が、蓮の中で、ゆっくりと形を変え始めていた。
「あ、ありがとうございます」
蓮は、深く頭を下げた。完全に自信を持てたわけではない。それでも、少しだけ、顔を上げて感謝を受け取ることができた。
イザベラが、その様子を微笑ましく見守っていた。
「一つの戦争が終わった。だが、この海には、まだ多くの困難と、そして多くの可能性が眠っている」
イザベラは、遠く広がる海原を見渡しながら、静かに呟いた。
「次は、もっと大きな海へと、目を向けることになるだろう」
その言葉には、これから訪れる、さらに大きな航海への予感が、確かに込められていた。
(第三部・植民地戦争編 完)




