第33話 シズカとの出会い
ザガレスの陰謀が発覚してから数日後、カラベラの港に、見慣れぬ一隻の船が入港した。
白を基調とした美しい船体には、波と太陽を象った紋章が描かれている。海洋教団――この海域一帯で広く信仰を集める宗教組織の船だと、蓮はヴェルミナから説明を受けた。
「教団が、なぜこちらへ」
イザベラが警戒しながら港へと向かうと、船から降り立ったのは、上品な衣を纏った若い女性だった。
「初めまして。海洋教団より参りました、シズカと申します」
女性は、深々と、それでいて洗練された所作で一礼した。京訛りにも似た、独特の柔らかな言葉遣いが印象的だった。
「教団の巫女長を務めさせていただいております」
「巫女長……。このような若さで、ですか」
イザベラが驚いたように尋ねると、シズカは静かに微笑んだ。
「教団では、年齢よりも、天啓を受け取る資質が重んじられますゆえ」
蓮は、その落ち着いた佇まいに、どこか只者ではない気配を感じ取った。
「して、本日の御用向きは」
イザベラが尋ねると、シズカは真剣な表情に変わった。
「大陸総督ザガレス様の一件、教団にも報告が届いております」
「やはり、そちらにも」
「教団は、この海域の均衡を重んじる立場にございます。ザガレス様の勢力拡大は、その均衡を大きく乱すもの。看過できるものではございません」
シズカの言葉に、蓮たちは顔を見合わせた。
「教団として、我々に協力してくださる、ということですか」
ヴェルミナが慎重に尋ねると、シズカは頷いた。
「直接的な武力行使こそ叶いませんが、教団は各地に広い人脈を有しております。外交的な支援、そして情報の提供であれば、いくらでもお力になれましょう」
イザベラは、しばし考え込んだ後、静かに頭を下げた。
「感謝いたします。今の我々には、あらゆる支援が必要です」
「もったいなきお言葉」
シズカは穏やかに応じた後、ふと蓮の方へと視線を向けた。
「あなたが、噂の水夫殿ですね」
「あ、はい。天草蓮です」
「あなたのお力のこと、教団内でも様々な憶測が飛び交っております」
シズカの目に、静かな探究心のようなものが宿った。
「対象への理解に応じて力を発揮する、と伺いました。それは、この世界の理――均衡の在り方にも通じる、大変興味深い性質かと存じます」
蓮は、シズカの言葉の意味を、完全には掴みきれなかった。だが、その言葉の奥に、何か深い洞察があることは、確かに感じ取れた。
「教団としても、あなたのお力については、今後、注意深く見守らせていただきたく存じます」
その言葉には、単なる好奇心以上の、どこか慎重な響きが込められているように、蓮には感じられた。
***
シズカの来訪をきっかけに、白鯨号とカラベラは、海洋教団という新たな協力者を得ることとなった。教団の広範な人脈により、ザガレスの動向に関する情報は、これまで以上に詳細に届くようになっていく。
「これで、少しは動きやすくなる」
イザベラが、シズカを見送りながら呟いた。
「教団の巫女長、か。あの落ち着きよう、只者ではないな」
「はい、なんだか、俺たちの想像もつかないような、大きなものを見ているような感じがしました」
蓮の言葉に、イザベラも同意するように頷いた。
この日出会ったシズカという人物が、後にどれほど重要な役割を果たすことになるのか――このときの蓮たちは、まだ知る由もなかった。




