第31話 鬼灯、再び
翌朝、島の外れの見張り台から、緊迫した報せが届いた。
「敵艦、接近中! ただし、規模は小型船一隻のみ!」
「一隻だと?」
イザベラが怪訝な顔をする。撤退したばかりのザガレス艦隊が、再び攻撃を仕掛けてくるとは考えにくい。だとすれば、これは何を意味するのか。
「白旗を掲げています……! どうやら、降伏、あるいは交渉の使者のようです」
見張りの報告に、蓮たちは港へと向かった。近づいてくる小型船の甲板に立つ人物を見て、蓮は思わず息を呑んだ。
「……鬼灯、さん」
そこにいたのは、間違いなく鬼灯だった。以前とは打って変わって、憔悴しきった表情をしている。
「蓮。話がある」
鬼灯は港に降り立つと、静かにそう言った。周囲の乗組員たちが、警戒の色を露わにする。
「船長、この人は……」
イザベラが尋ねると、蓮は複雑な表情で答えた。
「俺を無人島に置き去りにした張本人です。ダゴールの一味に加わっていました」
その説明に、周囲の空気が一気に張り詰めた。ガイウスが剣に手をかける。
「殺す気はない」
鬼灯は両手を掲げ、静かに言った。
「先の海戦で、ダゴールの一味は壊滅した。俺は、行くあてもなく、ここに流れ着いただけだ」
「それで、なぜここへ」
イザベラが鋭く問いただす。鬼灯はしばらく黙り込んだ後、静かに口を開いた。
「蓮に、謝りたかった」
その言葉に、蓮は驚いて鬼灯を見つめた。
「謝る、ですか」
「ああ」
鬼灯は苦々しい表情で続けた。
「お前を無人島に置き去りにしたのは、俺の意思じゃない。いや、正確には――俺の意思だけじゃなかった」
「どういうことですか」
「実は、俺の家族が、ダゴールの一味に人質として捕らえられていた」
鬼灯は、これまで誰にも語らなかった過去を、静かに明かし始めた。
「エスペランサ号に乗る前から、俺の家族は借金のカタに、ダゴールの手下に囚われていた。奴らは俺に、艦隊の中に協力者を作れと命じてきた。そして、その最初の犠牲者として選ばれたのが、お前だった」
蓮は言葉を失った。
「なぜ、俺だったんですか」
「お前が、一番、他の水夫たちから軽く見られていたからだ」
鬼灯の声に、苦渋が滲んだ。
「万が一のとき、お前がいなくなっても、誰も本気で捜そうとはしないだろうと、奴らは踏んでいた。すまなかった」
鬼灯は深々と頭を下げた。
「お前を犠牲にすれば、俺の家族が助かると、そう思い込んでいた。だが、結果的に、お前の力によってダゴールの一味は壊滅し、俺の家族の消息も、今はわからないままだ」
蓮は、複雑な感情が胸の中でせめぎ合うのを感じた。裏切られた怒り、それでも消えない幼馴染としての情、そして今、目の前で頭を下げる鬼灯への、戸惑いに似た同情。
「……鬼灯さん」
蓮は静かに口を開いた。
「あなたの家族の消息を、一緒に探しませんか」
その言葉に、鬼灯だけでなく、周囲の乗組員たちも驚いた表情を見せた。
「蓮、お前は……」
「俺を裏切ったことは、正直、簡単には許せません。でも、家族のためだったっていう事情も、わかる気がするんです」
蓮は真っ直ぐに鬼灯を見つめた。
「一緒に来てください。この船で」
イザベラは、しばし黙考した後、静かに頷いた。
「蓮がそう言うのであれば、私に異論はない。ただし――」
イザベラは鋭い視線を鬼灯に向けた。
「二度目の裏切りは、決して許さない」
「わかっている」
鬼灯は静かに頷いた。
「今度こそ、償わせてくれ」
こうして、蓮を裏切ったはずの鬼灯もまた、複雑な経緯を経て、白鯨号の仲間へと加わることとなった。過去の因縁を抱えたまま、新たな航海が、また一歩、前へと進み始めていた。




