第29話 英雄と孤独
カラベラ防衛戦の勝利から数日、島は祝賀の空気に包まれていた。
広場では連日、住民たちによる感謝の宴が開かれ、白鯨号の乗組員たちは、どこへ行っても歓待を受けた。ガイウスなどは、その豪快な戦いぶりから、すでに島の子供たちの憧れの的になっている。
「蓮殿も、どうかこちらへ!」
宴の輪から声をかけられるたび、蓮はぎこちなく笑いながら、その中心には決して立とうとしなかった。
「あの、俺は道具を強化しただけで、実際に……」
いつもの言葉を口にしながら、蓮は輪の外れへと下がっていく。それは、謙遜というよりも、ほとんど反射的な行動になっていた。
「また、隅っこか」
見かねたガイウスが、酒瓶片手に隣にやってきた。
「お前、いつまでそうしてるつもりだ」
「別に、逃げてるわけじゃないですよ。ただ、目立つのが苦手なだけで」
蓮はそう言いながらも、自分の言葉に、どこか嘘くささを感じていた。
「なあ蓮」
ガイウスは珍しく、真剣な調子で口を開いた。
「お前が甲板の隅で震えてた頃から、俺は見てきた。あの頃は、正直、心配してたんだ。こいつ、この先どうなっちまうんだろうって」
「……」
「でも今は、お前がいなけりゃ、この島の人たちも、白鯨号の連中も、生きちゃいなかった。それは、紛れもない事実だ」
ガイウスは蓮の肩を、ぽんと叩いた。
「もう少し、堂々としてもいいんじゃねえか」
蓮は答えに詰まった。ガイウスの言葉は、理屈としては正しい。だが、心のどこかで、頑なにそれを受け入れられない自分がいた。
「……すみません、少し、外の空気を吸ってきます」
蓮は宴の輪を離れ、ひとり夜の岸壁へと向かった。
***
岸壁に腰を下ろし、蓮は静かな海を見つめていた。宴のざわめきが、遠くから微かに聞こえてくる。
(俺は、何もしてない)
胸の中で、いつもの言葉を繰り返す。だが、その言葉の裏側に、蓮自身も気づかないふりをしている、もうひとつの感情があった。
――本当は、認められたい。
けれど、それを口にすることは、蓮にはどうしてもできなかった。認められることを望んだ瞬間、その期待に応えられなかったときの恐怖が、蓮の心を縛りつけていた。
漁村での日々、艦隊での最下級の扱い。積み重ねてきた「役立たず」という自己評価は、今の蓮の力をもってしても、簡単には拭い去れないものだった。
「――こんなところにいたのか」
声をかけてきたのは、ヴェルミナだった。
「宴には出ないのか」
「その、あまり得意じゃなくて」
ヴェルミナは蓮の隣に、静かに腰を下ろした。
「お前を見ていると、時々思うことがある」
「なんでしょうか」
「お前は、誰よりも仲間のために力を尽くす。だが、誰よりも、自分自身を認めることをしない」
蓮は言葉に詰まった。ヴェルミナの指摘は、あまりにも的確だった。
「それは、良くない癖だ、と私は思う」
「わかっては、いるんです」
蓮はぽつりと呟いた。
「でも、どうしても、自分がすごいことをした、なんて思えなくて。ただ、道具を理解して、強化しただけだから」
「その『ただ』が、どれほどの重みを持つか、お前はまだ、本当の意味では理解していないのかもしれないな」
ヴェルミナは静かな声で続けた。
「ともあれ、無理に変わる必要はない。ただ、覚えておけ。お前のその孤独もまた、いずれ、お前自身が向き合うべき課題になるだろう」
その言葉を残し、ヴェルミナは宴の輪へと戻っていった。
蓮はひとり、静かな夜の海を、いつまでも見つめ続けていた。
甲板の隅で震えていた最下級の水夫は、今や「海の守護者」とまで呼ばれる存在になっていた。だが、その心の奥にある孤独は、栄光がどれほど積み重なっても、簡単には消えることのない、蓮自身の課題として、静かに残り続けていた。




