第24話 一時的な敵対
「すぐに追いましょう!」
蓮は迷わず言った。ヴェルミナも即座に頷く。
「白鯨号を出す。急げ!」
慌ただしく出港準備が進められる中、蓮は要塞の砲術担当者に事情を告げ、港に停泊していた小型のスループ船を借り受けた。強化を施す時間はなかったが、少しでも早く動けるようにと、船体の要所だけを手早く強化していく。
「蓮、俺も行くぜ」
ガイウスが剣を担いで駆けつけてきた。
「船長がひとりで突っ込んだって? らしくねえな、あの人も」
「急ぎましょう」
蓮とガイウス、そしてヴェルミナを乗せた小型船が、白鯨号と共に港を飛び出した。
***
イザベラの姿は、敵艦隊本隊の手前、警戒の薄い海域で発見された。単騎で偵察を試みたものの、敵の哨戒船に発見され、包囲されつつある状況だった。
「船長……!」
蓮が声を張り上げると、包囲網の中心で剣を構えていたイザベラが、驚いたように振り返った。
「蓮? なぜここに」
「なぜって、船長が危ないって聞いて……!」
「余計なことを」
イザベラの声には、感謝よりも苛立ちが滲んでいた。
「私は、自分の力でこの状況を切り抜けるつもりだった」
「船長一人じゃ、さすがに無理があります!」
蓮も思わず声を荒げた。これまで、イザベラに対してこんな風に言い返したことは一度もなかった。
「お前に何が分かる」
イザベラの声が、鋭くなる。
「私は、これまでずっと、自分の剣と判断力で、この船を率いてきた。だが今は――お前の力がなければ、まともに戦えもしない。それが、どれほど……」
そこまで言いかけて、イザベラは言葉を飲み込んだ。周囲を取り囲む敵の哨戒船が、じりじりと距離を詰めてくる。
「今は、そんな話をしている場合じゃないです!」
蓮は覚悟を決め、借りたスループ船の帆を強く握りしめた。
――今この瞬間だけでも、この船の力を最大限に引き出させてくれ。
とっさの強化に、船体がまばゆく発光する。付け焼き刃の強化だったが、それでも十分な効果があった。スループ船は矢のような速さで、包囲網の隙間へと突入していく。
「乗ってください、船長! 話は後です!」
蓮が手を差し伸べると、イザベラは一瞬躊躇した後、その手を掴んだ。
「――っ、悪いな」
ガイウスが甲板から敵の哨戒船に切り込み、注意を引きつける。その隙に、蓮の操るスループ船は、イザベラを乗せて包囲を突破した。
白鯨号の援護砲撃も加わり、敵の哨戒船はやがて追跡を諦め、本隊へと引き返していった。
***
港へと帰投した後、イザベラはしばらく黙り込んでいた。蓮もまた、何を言えばいいのか分からず、気まずい沈黙が続いていた。
「……すまなかった」
先に口を開いたのは、イザベラだった。
「功を焦って、独断で動いた。結果として、お前たちに迷惑をかけることになった」
「いえ、俺こそ、船長に言い過ぎました」
蓮も素直に謝罪した。
「船長が、自分の力で戦いたいって思う気持ちも、わかる気がするので」
イザベラは少し驚いたように蓮を見た。
「わかる、のか」
「はい。俺も、自分に自信が持てなくて、ずっと悩んできましたから」
蓮は正直に打ち明けた。
「船長は、誰よりも強い人だと思います。俺の力は、あくまでその強さを、少し後押ししているだけです」
イザベラはしばらく黙っていたが、やがて小さく笑みを浮かべた。
「お前は、本当に不器用な慰め方をするな」
「す、すみません……」
「いや、悪くない」
イザベラは立ち上がり、蓮の肩に軽く手を置いた。
「本隊との決戦は、目前だ。今度は、私も冷静に指揮を執る。約束する」
その言葉には、先ほどまでの焦りとは違う、確かな落ち着きが戻っていた。
蓮とイザベラの間に生じた小さな亀裂は、こうして、決戦を前に修復されることとなった。だが、二人の関係が、これで終わりというわけではなかった。




