第23話 イザベラの焦り
先鋒撃退の夜、蓮は要塞の一角で、修復作業の続きに取り掛かっていた。
「まだやっているのか」
声をかけてきたのは、イザベラだった。鎧姿のまま、どこか思い詰めたような表情をしている。
「はい。本隊が来る前に、少しでも砲の精度を上げておきたくて」
「無理はするなよ」
そう言いながらも、イザベラの声には、いつもの落ち着きがどこか欠けているように感じられた。
「船長、大丈夫ですか」
蓮が尋ねると、イザベラは一瞬言葉に詰まり、それから小さくため息をついた。
「正直に言えば、焦っている」
「焦って、ですか」
「今日の勝利は、お前の力があったからこそのものだ。私自身の判断や指揮ではない」
イザベラは自嘲気味に笑った。
「これまで、私は自分の力で艦を率い、名を上げてきたつもりだった。だが今は、どうしても、お前の力頼みになってしまっている自分がいる」
蓮は戸惑いながら、言葉を選んだ。
「船長の判断があったからこそ、要塞と白鯨号の連携がうまくいったんだと思います。俺はただ、道具を強化しただけで……」
「それだ」
イザベラが遮るように言った。
「お前はいつも、そう言う。だが、その『ただ道具を強化しただけ』が、これほどまでの結果を生んでいる。私の剣術も、これまでの経験も、正直、お前の力の前では霞んで見える」
蓮は返す言葉を失った。イザベラの声には、悔しさと、それを上回る焦燥感が滲んでいた。
「本隊との決戦は、明日か明後日には始まるだろう。私は、船長として、この島を守り抜く責任がある。だが……」
イザベラは拳を握りしめた。
「私自身の力で、それを成し遂げたいという想いも、消すことができない」
その夜、イザベラはそれ以上多くを語らず、要塞を後にした。蓮はひとり、修復作業を続けながら、イザベラの言葉を反芻していた。
――船長は、俺のことをどう思っているんだろう。
頼りにされている実感と、どこか複雑な感情の入り混じった視線と。その両方を、蓮は確かに感じ取っていた。
***
翌朝、蓮が要塞の砲を最終確認していると、ヴェルミナが険しい表情でやってきた。
「蓮、少しいいか」
「はい、何でしょう」
「船長の様子が、少しおかしい」
ヴェルミナは声を潜めて続けた。
「昨夜、単独で敵艦隊の様子を偵察に行くと言い出した。私は止めたのだが、聞き入れてもらえなかった」
「え……! ひとりでですか?」
「ああ。おそらく、功を焦っているのだろう。お前の力に頼り切りになっている自分に、苛立ちを感じているようだ」
蓮の胸に、嫌な予感が広がった。
「探しに行きましょう」
「私もそのつもりだ。だが、この広い海域で、単独行動を取った船を探すのは容易ではない」
二人が話しているところへ、見張りの水夫が慌てた様子で駆け込んできた。
「大変です……! 船長が、単独で敵艦隊の前線に突っ込んだとの報せが……!」
蓮とヴェルミナは、顔を見合わせた。
イザベラの焦りは、蓮が想像していたよりも、遥かに深刻な事態を招こうとしていた。




