第21話 沿岸要塞砲
数日の航海の末、白鯨号はカラベラの海域へと到達した。
「あれが、カラベラか……」
甲板から見渡す光景に、蓮は言葉を失った。小さな入植地の沖合には、すでに十数隻の敵艦隊が展開しており、遠目にも緊迫した空気が伝わってくる。
「幸い、まだ本格的な攻撃は始まっていないようだな」
イザベラが望遠鏡を覗きながら呟いた。
「おそらく、降伏勧告の最中なのだろう。ザガレスは、無駄な損害を嫌う男だと聞く」
「今のうちに、上陸して現地の状況を確認しましょう」
ヴェルミナの提案で、白鯨号は敵艦隊に気づかれないよう、迂回航路を取ってカラベラの港へと入った。
入植地の様子は、想像以上に切迫していた。住民たちは家財道具をまとめ、避難の準備を進めている。防衛の要である沿岸要塞は、見るからに老朽化しており、備え付けられた砲も、時代遅れの旧式ばかりだった。
「これは、酷いな……」
ガイウスが要塞を見上げ、顔をしかめた。
「あの砲じゃ、まともに敵艦に届きもしないだろう」
入植地の代表者らしき老人が、蓮たちのもとに駆け寄ってきた。
「白鯨号の方々ですね……! 救援要請にお応えいただき、心より感謝いたします」
「状況を聞かせてください」
イザベラが尋ねると、老人は震える声で答えた。
「明日の朝までに降伏せねば、総攻撃を仕掛けると通告されております。我々には、抗う力など……」
老人の言葉に、住民たちの絶望的な表情が重なる。蓮はその光景を目の当たりにし、拳を強く握りしめた。
「あの要塞の砲、俺に見せてもらえますか」
蓮の申し出に、老人は戸惑いながらも頷いた。
***
要塞に据えられた砲は、想像以上に老朽化していた。砲身のあちこちに亀裂が走り、砲架も今にも崩れそうなほど脆弱だった。
「これを、今から直すのか」
ガイウスが半信半疑の表情で尋ねる。
「時間との勝負ですが、やるしかないです」
蓮は袖をまくり、要塞に備えられた砲――全部で六門を、ひとつずつ観察し始めた。
夜を徹しての作業になった。蓮は要塞の砲術担当者から構造の説明を受けながら、これまでの経験を総動員して、理解を積み重ねていった。白鯨号での経験があったおかげで、以前よりも遥かに早いペースで、理解を深めることができた。
「一門目、完了しました」
蓮の声に、砲術担当者が半信半疑の様子で砲身に触れる。
「これは……! まるで新品どころではない……!」
「二門目、いきます」
蓮は休む間もなく、次の砲に取り掛かった。ガイウスやヴェルミナも、蓮の作業を手伝いながら、時折心配そうな視線を向けていた。
「無理はするなよ、蓮」
ガイウスの言葉に、蓮は額の汗を拭いながら答えた。
「大丈夫です。ここで止まったら、この島の人たちが……」
その言葉に、ガイウスはそれ以上何も言わず、黙って作業を見守り続けた。
夜明け前、蓮はついに六門すべての強化を終えた。
「終わり、ました……」
疲労困憊の蓮が、要塞の壁にもたれかかる。老朽化していた要塞砲は、今や白鯨号の艦載砲にも劣らぬ威力を秘めた兵器へと生まれ変わっていた。
「これなら、少なくとも第一波は防げるはずだ」
イザベラが満足げに頷いた。
「あとは、私たちの戦い方次第だな」
東の空が白み始める中、要塞の砲門が、静かに、しかし確かな力を秘めて、敵艦隊の方角を見据えていた。
決戦の時は、もうすぐそこまで迫っていた。




