第20話 ガイウス登場
カラベラへ向かう航海の途中、白鯨号は補給のため、小さな港町に立ち寄った。
「食料と水の補給が終わり次第、すぐに出港する。上陸は最小限にとどめろ」
イザベラの指示のもと、蓮も水の樽を運ぶために港へと降りた。慌ただしい補給作業の最中、蓮はふと、見覚えのある背中を見つけた気がした。
「――え?」
大柄な体躯、日に焼けた肌、そして腰に提げた立派な剣。振り返ったその顔を見て、蓮は思わず息を呑んだ。
「ガイウス……?」
「ん?」
声をかけられた男が、怪訝な顔で振り返る。次の瞬間、その表情が驚きに変わった。
「――蓮、か? お前、蓮だよな!?」
「久しぶりです、ガイウスさん!」
蓮は思わず駆け寄った。ガイウス・フォルセイン。エスペランサ号での同期水夫であり、かつては蓮と同じく「落ちこぼれ」と呼ばれていた男だった。もっとも、その理由は蓮とは正反対――規格外の身体能力を持ちながら、団体行動が苦手で、何かと問題を起こしていたためだった。
「生きてたのか! エスペランサ号が嵐で散り散りになったって聞いて、ずっと気にしてたんだぜ」
ガイウスは蓮の肩をがしっと掴み、豪快に笑った。
「ガイウスさんも、無事だったんですね」
「まあな。俺は運がいいんだよ」
そう言って笑うガイウスだったが、蓮はその立ち姿に、以前とは明らかに違う何かを感じ取った。以前は粗野なだけだった剣の構えが、今では隙のない、洗練されたものになっている。
「ガイウスさん、その剣の腕、前と全然違いますね」
「気づいたか」
ガイウスは少し得意げに、腰の剣に手をやった。
「あの後、俺は流れ着いた土地で、腕利きの剣士に拾われてな。散々鍛えられたのさ。おかげで、今じゃそこそこ名の知れた傭兵になった」
「そうだったんですか……」
蓮は素直に感心した。同じように艦隊からはぐれた者同士でも、辿った道はまるで違う。ガイウスは自らの腕を磨き、蓮は道具を理解する力を磨いた。
「お前はどうなんだ? まさか、まだ樽運びしてるわけじゃないだろうな」
ガイウスの軽口に、蓮は少し困ったように笑った。
「実は、俺にも、色々あって……」
そこへ、補給を終えたヴェルミナが、蓮を探して駆けつけてきた。
「蓮、ここにいたか。出港の準備が――」
ヴェルミナはガイウスの姿を見て、ふと足を止めた。
「知り合いか」
「はい、エスペランサ号での同期です。ガイウスさん」
「ほう」
ヴェルミナはガイウスを値踏みするように見つめた。
「腕は立ちそうだな」
「そりゃどうも」
ガイウスは不敵に笑い返した。
「なあ蓮、お前ら、これからどこに向かうんだ?」
蓮が一瞬言葉に詰まると、ヴェルミナが代わりに答えた。
「カラベラという小さな植民地だ。侵略艦隊に包囲されている。救援に向かうところだ」
「カラベラ、か」
ガイウスの表情が、わずかに変わった。
「実は俺、今ちょうど、その方面の護衛依頼を受けたところでな。行き先が同じなら、都合がいい」
「本当ですか!」
蓮は思わず声を上げた。
「腕の立つガイウスさんが一緒なら、心強いです」
ヴェルミナも、しばし思案した後、頷いた。
「船長に確認は取るが、悪くない話だ。人手はいくらあっても足りない」
「決まりだな」
ガイウスはニヤリと笑い、剣の柄を軽く叩いた。
「久しぶりの再会で、いきなり戦場に一緒に向かうってのも、なんだか俺たちらしいじゃねえか」
その言葉に、蓮も思わず笑みをこぼした。頼りない自分と、豪快な親友。かつてのままの関係性が、そこには確かに残っていた。
こうしてガイウスもまた、カラベラ救援の航海に加わることになった。白鯨号は再び錨を上げ、戦火の迫る植民地へと針路を取った。




