第18話 名を上げる水夫
ダゴール討伐の報せは、蓮が思っていた以上の速さで広まっていった。
白鯨号が寄港した港町では、乗組員たちが酒場で英雄扱いされ、方々から祝杯を勧められた。蓮もまたその輪に加わろうとしたが、どうにも居心地の悪さを拭えずにいた。
「なあ蓮、そんな隅っこにいないで、こっち来いよ!」
古参の水夫に手招きされ、蓮はぎこちなく歩み寄った。酒場の喧騒の中、乗組員たちは口々に、戦闘での蓮の活躍を語り合っている。
「あの一撃、見たか? ダゴールの旗艦が、木っ端微塵だぜ」
「羅針盤の一件も忘れんなよ。あれのおかげで、こっちは楽に立ち回れたんだ」
蓮は照れくささからか、俯きがちに答えた。
「その、俺は道具を強化しただけで……。実際に戦ったのは、皆さんですから」
「またそれか」
古参の水夫が苦笑する。
「お前、何かっちゃそう言うよな。まあ、そういうところが、お前らしいっちゃらしいけどよ」
その言葉に、周囲からも笑いが起こった。悪意のない、温かい笑いだった。蓮はそれを感じ取り、少しだけ肩の力が抜けるのを感じた。
***
翌日、港の広場には、白鯨号の戦果を称える立て看板まで掲げられていた。「海賊王ダゴールを討った私掠船」という文言と共に、船長イザベラの名が大きく記されている。
その片隅に、小さく「無名の水夫の力添えあり」とだけ書かれているのを見つけ、蓮はどこか複雑な気持ちになった。
「気にしているのか、それを」
背後から声をかけてきたのは、イザベラだった。
「あ、いえ、そんな、当然のことです。船長が功績を認められるのは」
「本音を言え」
イザベラは真っ直ぐに蓮を見据えた。
「お前の力がなければ、この勝利はなかった。それは私自身が、誰よりもよくわかっている」
「でも、俺は……」
「まだ自分に自信が持てないか」
イザベラの言葉に、蓮は答えに詰まった。
「まあいい。無理に変わる必要はない。ただ、覚えておけ」
イザベラは看板を指差した。
「いずれお前の名は、望むと望まざるとにかかわらず、この海の各地に知れ渡ることになる。今のうちに、少しずつ、その重さに慣れておくといい」
その言葉は、まるで予言のようだった。
***
それから数週間、白鯨号は次々と海賊討伐の任に当たり、その名声を確かなものにしていった。強化された砲、船体、羅針盤――そのすべてを操る蓮の存在は、もはや白鯨号にとって欠かせないものとなっていた。
けれど蓮自身は、依然として甲板の隅に立つことが多かった。祝杯の輪の中心には決して立とうとせず、いつも一歩引いた場所から、仲間たちの喜ぶ顔を眺めている。
「相変わらずだな、お前は」
ある夜、甲板でひとり夜風に当たっていた蓮に、ヴェルミナが声をかけてきた。
「船の中心にいるべき男が、いつも隅にいる。矛盾しているとは思わないか」
「そう、なんですかね……」
蓮は曖昧に笑った。
「でも、俺には、これくらいの距離感が、ちょうどいいんです。目立つのは、正直、苦手で」
ヴェルミナはしばらく蓮を見つめた後、静かに口を開いた。
「まあいい。だが、これだけは言っておく」
「はい」
「これからお前は、もっと大きな舞台に立つことになる。良くも悪くも、な」
その言葉の意味を、蓮はこのときまだ、正しく理解してはいなかった。
けれど、白鯨号の行く先には、これまでとは比較にならないほど大きな戦いと、責任とが、確かに待ち構えていた。
海賊王討伐という一つの区切りを越え、天草蓮という水夫の航海は、次なる大きなうねりへと向かい始めていた。
(第二部・私掠船編 完)




