第17話 海賊王ダゴールとの決戦
生まれ変わった白鯨号の噂は、瞬く間に周辺海域に広まった。
「船長、探っていた情報が入った」
ヴェルミナが険しい表情で船長室に駆け込んできた。
「この海域を荒らし続けている海賊船団――その頭目は、『海賊王』を名乗るダゴールという男らしい。かつては名のある提督だったが、今は一帯を恐怖で支配している」
「規模は」
「本船を含め、十二隻。うち三隻は、鹵獲した大型ガレオン船だ」
イザベラは眉をひそめた。
「十二隻、か。以前の白鯨号なら、逃げの一手だったな」
「ですが、今は違います」
ヴェルミナの視線が、傍らに控える蓮に向けられる。
「蓮の強化した砲と船体があれば、勝算は充分にあると見ています」
イザベラはしばし黙考した後、静かに頷いた。
「よし。ダゴールを討つ。この海域の商船を、これ以上苦しめさせはしない」
***
数日後、白鯨号は情報通りの海域で、ダゴールの艦隊と遭遇した。
「敵艦隊、視認! 総数十二隻、確認!」
見張りの声が響き渡る。甲板に居並ぶ乗組員たちの間に、緊張が走った。
「怯むな! この船は、以前の白鯨号じゃない!」
イザベラの号令が、乗組員たちの士気を奮い立たせる。
蓮は自分の持ち場――強化された主砲の傍らで、震える手を握りしめていた。これほど大規模な戦闘は初めてだった。
「大丈夫か、蓮」
隣に立つヴェルミナが、静かに声をかけてくる。
「は、はい。やるしかないので」
「その意気だ」
敵艦隊が接近してくる。先頭を進む、ひときわ大きなガレオン船――おそらくあれがダゴールの旗艦だろう。
「距離、詰まってきます!」
「照準よし! 全砲門、撃て!」
イザベラの号令と共に、白鯨号の八門の砲が一斉に火を吹いた。
これまでとは比較にならない、圧倒的な破壊力だった。放たれた砲弾は、敵艦隊の先頭数隻を、瞬く間に沈黙させていく。
「な、なんだ、この船は……!」
敵艦隊の混乱が、遠目にも見て取れた。だが、さすがは海賊王を名乗るだけあって、ダゴールの統率力は並ではなかった。
「怯むな! 数で押し包め! あの一隻さえ落とせば、後は好き放題だ!」
ダゴールの声と思しき怒号が響き、敵艦隊は隊列を立て直し、白鯨号を取り囲むように展開し始めた。
「囲まれます!」
「問題ない。導きの目、最適な回避航路を」
イザベラが冷静に指示を出すと、船橋に据えられた「導きの目」――強化された羅針盤が、淡い光を放ちながら、次の針路を示した。
白鯨号は、その示された航路に従い、鮮やかに舵を切った。まるで最初から敵の包囲網を見切っていたかのような、絶妙な回避軌道だった。
「速すぎる……! 捕捉できない!」
敵艦の水夫たちの悲鳴じみた声が、風に乗って聞こえてくる。
白鯨号は敵艦隊の隙間を縫うように駆け抜けながら、次々と砲撃を浴びせていった。強化された船体は、敵の反撃をものともせず、傷ひとつつかない。
「今だ、蓮! ダゴールの旗艦に、とどめを!」
イザベラの声に、蓮は覚悟を決めて頷いた。
「はい……! 撃ちます!」
主砲に狙いを定め、蓮は導火線に火を灯した。
轟音と共に放たれた渾身の一撃は、ダゴールの旗艦の中央部を正確に貫いた。船体が大きく揺れ、帆柱が轟音を立てて倒れていく。
「て、撤退だ……! 撤退!」
ダゴールの声とともに、残った敵船が算を乱して逃げ惑い始めた。
「深追いはするな。ここまでだ」
イザベラの号令で、白鯨号は追撃をせず、その場に留まった。
甲板に、割れんばかりの歓声が上がった。
「勝った……! 俺たち、勝ったぞ……!」
乗組員たちが抱き合い、拳を突き上げる。蓮は疲労と安堵の入り混じった表情で、その様子を眺めていた。
「よくやった、蓮」
イザベラが歩み寄り、蓮の肩に手を置いた。
「お前の力がなければ、この勝利はなかった」
「い、いえ、俺は……」
蓮はいつものように、謙遜の言葉を口にしかけた。だが、周囲の乗組員たちの喜びに満ちた顔を見て、その言葉を飲み込んだ。
――少しくらいは、誇ってもいいのかもしれない。
そんな思いが、蓮の胸にそっと芽生えていた。
この日の戦果は、瞬く間にアウレリア王国全土に伝わることになる。悪名高き海賊王ダゴールを退けた私掠船《白鯨号》、そしてその中心にいる謎の水夫の名は、こうして、少しずつ広く知られていくことになった。




