第16話 キャラベル船を作り替える
八門すべての大砲強化を終えた翌週、イザベラは蓮を船長室に呼び出した。
「次は、船そのものだ」
海図の上に、白鯨号の設計図らしきものを広げながら、イザベラが切り出した。
「白鯨号は速さが自慢のキャラベル船だが、それでも大型のガレオン船には航続力で劣る。もし、船体そのものを強化できるなら、艦隊としての戦い方が根本から変わる」
「船を、丸ごと……」
蓮は思わず息を呑んだ。これまで強化してきたのは、小刀や盾、大砲や羅針盤といった、比較的小さな道具ばかりだった。船一隻ともなれば、規模が桁違いだ。
「できるか、蓮」
イザベラの問いに、蓮はしばし考え込んだ。
「正直、わかりません。ただ、船の構造については、この数週間でかなり学ばせてもらいました。やってみないと、なんとも言えないです」
「よかろう。時間はかける。焦らず、じっくりと理解を深めろ」
イザベラの言葉に後押しされ、蓮は白鯨号の構造理解に本腰を入れることになった。
***
それから半月、蓮は船大工たちと共に、船体のあらゆる部分を調べて回った。竜骨の通り方、肋材の配置、外板の継ぎ方、帆の張り方、索具の結び方――船を構成するひとつひとつの要素を、丁寧に丁寧に学んでいった。
「蓮くん、また来たのか」
船大工の親方が、苦笑しながら迎え入れる。最初は邪魔者扱いされていた蓮だったが、今では船大工たちも、彼の熱心さに一目置くようになっていた。
「すみません、また質問なんですけど、この竜骨の反りって、何のためにあるんですか」
「ああ、それはな……」
親方は根気強く、蓮の質問に答え続けた。船大工たちの知識と、蓮自身の観察眼が組み合わさることで、理解は着実に深まっていった。
半月が過ぎたころ、蓮はついに、船全体についての理解が、ひとつの形にまとまったことを実感した。
「船長、準備ができました」
蓮の言葉に、イザベラとヴェルミナ、そして船大工の親方までもが、緊張の面持ちで甲板に集まった。
「では、始めます」
蓮は船体の中心――マストの根元付近に両手を添え、静かに目を閉じた。
――もっと速く。もっと頑丈に。無風でも、風を受けたように進める船体になれ。
これまでで最も大きな願いを込めて念じた瞬間、白鯨号全体が、まばゆい光に包まれた。
甲板の乗組員たちが、思わず目を覆う。船体の隅々にまで光が駆け巡り、古びていた木材が、まるで生まれ変わったかのような輝きを取り戻していく。帆布は薄く、それでいて頑丈な質感へと変化し、索具は蜘蛛の糸のように滑らかでありながら、鋼のような強度を帯びていった。
光が収まったとき、そこにあったのは、以前とはまるで別の船だった。
「……これが、白鯨号」
イザベラが呆然と呟く。船体は以前と同じ形を保っていたが、その質感は明らかに違っていた。まるで、船そのものが生きているかのような、不思議な存在感を放っている。
「試しに、出港してみましょう」
蓮の提案で、白鯨号は港を離れ、外洋へと乗り出した。
風がほとんどない、凪の海だった。それにもかかわらず、白鯨号はまるで強い追い風を受けているかのように、するすると滑り出していく。
「速い……! こんな馬鹿な……!」
操舵手が、驚愕の声を上げた。羅針盤――「導きの目」が示す最適航路に沿って、白鯨号は他のどんな船よりも速く、海を切り裂いていった。
「これが、艦隊最速の船か」
イザベラは満足げに、そして少し誇らしげに、疾走する白鯨号の甲板に立ち尽くしていた。
蓮は疲労困憊で座り込みながらも、達成感に満ちた表情で、自分が生まれ変わらせた船を見つめていた。
この日を境に、白鯨号は、七つの海で最も恐れられる私掠船のひとつへと、その名を刻んでいくことになる。




