第15話 暴走する大砲
白鯨号強化計画が始まって数日、蓮は八門ある艦載砲のうち、六門までの強化を終えていた。
「残り二門か。順調だな」
甲板で作業を見守っていたヴェルミナが、満足げに頷く。蓮は額の汗を拭いながら、次の大砲に向き直った。
「この砲は、少し様子が違いますね」
蓮は七門目の砲身に手を触れながら、眉をひそめた。これまでの六門と比べ、内部の構造がわずかに複雑だった。おそらく、他の船から鹵獲した、異なる製法の大砲なのだろう。
「時間がかかりそうか」
「ちょっと分からないです。とりあえず、やってみます」
蓮はこれまでと同じように、砲身の隅々を観察し始めた。だが、いつもよりも理解の手応えが薄い。砲耳の構造も、内部の螺旋の刻み方も、これまで学んできた常識とは微妙に異なっていた。
(まあ、これくらいなら、大丈夫だろう)
蓮は内心でそう判断し、強化を試みることにした。これまでの経験から、ある程度の理解があれば、それなりの効果が出ることはわかっていた。
――もっと頑丈に、もっと威力を。
念じた瞬間、砲身が光を帯びた。だが、その光は、これまでとは明らかに違う、不安定な明滅を繰り返していた。
「……あれ?」
蓮が違和感を覚えたのと、ヴェルミナが異変に気づいたのは、ほぼ同時だった。
「蓮、様子がおかしいぞ! 離れろ!」
「え……!?」
砲身から、まるで悲鳴のような軋み音が響き始めた。理解の及んでいない部分――内部の複雑な構造の一部が、強化の力に耐えきれず、内側から歪み始めているのだ。
「くっ……!」
蓮はとっさに、砲身に両手を当てた。
(制御しないと……! でも、どうやって……)
パニックになりかけた頭の中で、蓮は必死に考えた。理解が足りないなら、今すぐにでも、理解を深めるしかない。
蓮は目を閉じ、全神経を砲身の内部構造に集中させた。歪みかけている部分、その原因、なぜそこが弱点になっているのか。恐怖と焦りの中でも、蓮は諦めずに、道具と向き合い続けた。
――お前のことを、もっと理解させてくれ。
その願いが届いたのか、蓮の脳裏に、砲身内部の構造が、これまでよりも鮮明に浮かび上がってきた。歪みの原因となっている接合部分の弱さ、そこにかかる負荷の偏り――ひとつひとつが、パズルのピースのように噛み合っていく。
「――そうか、ここを、こう……!」
蓮は砲身に触れる手に、改めて意識を集中させた。
――暴走を止めろ。理解した通りに、正しい形に戻れ。
砲身の明滅が、次第に落ち着いていく。軋み音も、徐々に収まっていった。やがて、光は穏やかな輝きへと変わり、静かに収束した。
「……終わった、みたいです」
蓮は膝から崩れ落ちるように座り込んだ。全身から、どっと汗が噴き出している。
「大丈夫か、蓮!」
ヴェルミナが駆け寄り、蓮の様子を確かめる。幸い、大きな怪我はなかった。
「危なかったな。もし制御できていなかったら……」
ヴェルミナは険しい表情で、修復された砲身を見つめた。
「はい……。すみません、油断しました」
蓮は素直に反省の言葉を口にした。
「いや、お前を責めているわけではない。むしろ、この経験は貴重だ」
ヴェルミナは冷静に分析を続けた。
「お前の力には、確かな限界と危険性がある、ということがはっきりした。今後は、理解が不十分な対象に対しては、慎重に段階を踏んで強化する必要があるな」
「そう、ですね……」
蓮は改めて、自分の力の重みを噛みしめていた。この力は万能ではない。理解を怠れば、暴走の危険と隣り合わせになる。
その教訓は、後に蓮が世界の海を巡る中で、何度も彼自身を救うことになる。
「今日はもう休め。残りの二門は、明日また改めて取り組もう」
ヴェルミナの言葉に、蓮は疲れ切った体で頷いた。
甲板に沈む夕日が、修復された砲身を静かに照らしていた。




