第14話 ヴェルミナ、参謀として
生きた羅針盤の一件以来、ヴェルミナの蓮を見る目は、明らかに変わっていた。
「蓮、少し時間はあるか」
夕刻、甲板の掃除を終えた蓮に、ヴェルミナが声をかけてきた。
「は、はい、大丈夫です」
「お前の力について、もう少し詳しく知りたい。理論的な部分を、だ」
ヴェルミナはそう言うと、船橋近くの小部屋へと蓮を招いた。机の上には、これまでの戦闘記録や航海日誌が几帳面に並べられている。
「私はもともと、大商会の航海長を務めていた。合理的でないものは、信じない主義だ」
ヴェルミナは椅子に腰掛け、蓮に向き直った。
「だが、お前の力は明らかに合理性を持っている。理解度に応じて効果が変わる、という法則性がある以上、それは単なる奇跡や偶然ではない。何らかの理屈があるはずだ」
「そう、ですね……」
蓮は自分でも整理しきれていない感覚を、言葉にしようと努めた。
「対象を理解すればするほど、強化の効果が強く、正確になります。逆に、理解が浅いと、効果も弱いか、下手すると暴走しかけることもあって……」
「暴走、というのは?」
「まだ二回しか経験してないんですけど、理解が不十分なまま無理に強化しようとすると、道具側が制御を失いかけるというか……。あの、大砲を最初に強化したときも、実は少し危なかったんです」
蓮は正直に打ち明けた。ヴェルミナは眉根を寄せ、深く頷いた。
「なるほどな。つまり、お前の力は、単なる万能の力ではなく、明確なコストと制約を伴う技術体系ということか」
「技術、体系……」
蓮はその言葉に、どこか新鮮な驚きを覚えた。これまで自分の力を、そんな風に整理して考えたことはなかった。
「面白い」
ヴェルミナは初めて、はっきりと笑みを見せた。
「私が航海長として培ってきた知識と、お前のその力を組み合わせれば、白鯨号をさらに強くできるかもしれない」
「お、俺なんかと、ですか」
「お前『なんか』ではない」
ヴェルミナの声に、わずかな苛立ちが滲んだ。
「自分を過小評価するのは、お前の悪い癖だ。船長も、乗組員たちも、もうお前を『役立たず』とは思っていない。少なくとも、この船の中ではな」
その言葉に、蓮は胸の奥が熱くなるのを感じた。誰かにそう言ってもらえたのは、生まれて初めてのことだった。
「あ、ありがとうございます……」
「礼はいい。それより、これからのことを話そう」
ヴェルミナは机の上の海図を広げた。
「近々、船長は本格的に海賊討伐に乗り出すつもりだ。この海域を荒らす海賊たちを一掃し、名を上げる。それが白鯨号――いや、イザベラ様の悲願でもある」
「悲願、ですか」
「詳しいことは、いずれ本人から聞くといい。ともかく、そのためには、白鯨号そのものをもっと強化する必要がある。船体、帆、砲――お前の力を、計画的に使わせてもらいたい」
ヴェルミナは真剣な眼差しで蓮を見つめた。
「できるか、蓮」
蓮は少し考えてから、はっきりと頷いた。
「やってみます。俺にできることなら、なんでも」
その返事に、ヴェルミナは満足げに頷いた。
こうして、蓮とヴェルミナの二人三脚――道具を理解し尽くす蓮の力と、それを戦略に落とし込むヴェルミナの知略――による、白鯨号強化計画が動き出すことになった。




