第13話 生きた羅針盤
翌朝、蓮は完成した羅針盤を手に、意を決して船長室を訪ねた。
「船長、ご報告したいことが」
「入れ」
蓮が羅針盤を差し出すと、イザベラとヴェルミナは怪訝な顔をした。
「これが、どうかしたのか」
「試しに、使ってみてもらえますか」
イザベラは半信半疑のまま羅針盤を受け取り、手のひらに乗せた。すると、針が淡く発光し、ゆっくりと回転を始めた。
「これは……」
イザベラの目が見開かれる。羅針盤の針は、まるで意志を持っているかのように、特定の方角を指し示し続けていた。
「船長、今、何を考えていましたか?」
蓮が尋ねると、イザベラは少し戸惑いながら答えた。
「次の寄港地までの、最短航路について、だが」
「たぶん、それを指してるんだと思います」
ヴェルミナが海図を広げ、羅針盤の示す方角と照らし合わせる。しばしの沈黙の後、彼女は驚愕の表情で顔を上げた。
「……合っている。それも、現在の潮流と風向きを完全に考慮した上での、最適な航路だ」
「本当か」
イザベラが身を乗り出す。
「これまでの海図と経験則だけでの航路計算とは、精度が桁違いだ。まるで、この道具自身が、周囲の海の状況を読み取っているかのような……」
ヴェルミナは言葉を選びながら、慎重に続けた。
「蓮、これはどういう仕組みなんだ」
「正直、俺にもよくわかっていないんです」
蓮は素直に答えた。
「ただ、羅針盤の仕組みを理解していくうちに、これが本来持っていた『可能性』みたいなものが見えてきて。それを、そのまま引き出した、という感じです」
イザベラとヴェルミナは、顔を見合わせた。
「これがあれば、白鯨号の航海効率は、これまでとは比較にならないほど向上する」
イザベラの声には、隠しきれない興奮が滲んでいた。
「蓮、これを常に船橋に据えよう。お前がいなくても、この羅針盤があれば、常に最適な航路を選べる」
「は、はい! ぜひ使ってください!」
こうして、生きた羅針盤――乗組員たちはやがてそれを「導きの目」と呼ぶようになった――が、白鯨号の船橋に据えられることになった。
***
その日以降、白鯨号の航海には、明らかな変化が現れ始めた。
これまで数日かかっていた航路が、驚くほど短縮される。荒天の兆候を事前に察知し、迂回することで危険な海域を避けられるようになった。乗組員たちの間では、「白鯨号には神がかった航海術が宿った」という噂まで広がり始めていた。
「蓮、また何かやったのか」
食堂で顔を合わせた古参の水夫が、半ば呆れたように尋ねてくる。
「あ、いえ、ただ羅針盤を、少し直しただけで……」
「少し、ねえ」
古参の水夫は苦笑しながら、蓮の肩を叩いた。
「まあ、お前がいてくれて助かってるのは事実だ。これからもよろしく頼むぜ」
その言葉に、蓮は少し照れくさそうに頷いた。
甲板の隅で震えていた最下級の水夫が、少しずつ、船にとって欠かせない存在になり始めていた。もっとも、蓮自身は、まだそのことに実感を持てずにいたのだが。




