第10話 大砲を任されて
「お前、こんな夜中に何をしている」
背後からの声に、蓮は飛び上がりそうになった。振り返ると、甲板長が呆れた顔で立っていた。
「す、すみません! その、この大砲が気になって……」
「ああ、それか。どうせ廃棄する予定の代物だ。好きにいじって構わんが、そんな錆だらけの砲、直せるもんじゃないぞ」
甲板長はそう言い残し、欠伸をしながら去っていった。
蓮はほっと息をつくと、改めて古い艦載砲に向き直った。
これまでとは違う。蓮はこの数日、白鯨号の乗組員たちから話を聞き集めていた。大砲の構造、火薬の配合、砲弾の飛び方――普段は誰も相手にしてくれない蓮だったが、道具の仕組みについて尋ねると、意外にも丁寧に教えてくれる者が何人かいた。
砲術長のひとりは、酒の勢いもあってか、蓮に長々と大砲の仕組みを語ってくれた。砲身の内側にある螺旋状の溝が弾道を安定させること。火薬の配合次第で威力が大きく変わること。過度な負荷をかければ砲身が破裂する危険があること。
蓮はそのひとつひとつを、頭に刻み込むように覚えていった。
「この砲身の亀裂は、火薬の詰めすぎで生じたものか。それとも、経年劣化か……」
蓮は錆びた砲身をひとしきり眺め、砲耳の構造、装填口の形状、砲架との接合部を、じっくりと観察していく。かつて小刀や小舟を強化したときと同じように、対象の成り立ちを、丁寧に丁寧に読み解いていった。
数時間が経ち、東の空がわずかに白み始めた頃、蓮はようやく自分の中で、この大砲についての理解が固まった手応えを感じた。
「……よし」
蓮は両手を砲身に添え、静かに念じた。
――もっと頑丈に。もっと正確に。理解した分だけ、応えてくれ。
大砲全体が、淡い光に包まれていく。錆びついていた表面が、まるで生まれ変わったかのように滑らかな輝きを取り戻し、亀裂は跡形もなく消えていった。
光が収まったとき、そこにあったのは、新品同様――いや、それ以上の存在感を放つ大砲だった。
「……本当に、変わった」
蓮は震える手で砲身に触れた。冷たい金属の感触の奥に、以前とは比較にならないほどの密度と強度が感じられる。
試しに、と思い、蓮は近くにあった予備の砲弾と適量の火薬を装填し、狙いを海面の方角――誰もいない方向に向けた。
「……撃って、みるか」
導火線に火を灯し、蓮は思わず耳を塞いだ。
轟音と共に砲弾が放たれた瞬間、蓮は自分の目を疑った。砲弾は視認できないほどの速さで飛び去り、遥か沖合の岩礁に着弾すると、まるで小さな山がひとつ消し飛んだかのような爆発を巻き起こした。
「な……!?」
甲板の各所から、驚きの声が上がった。夜通し働いていた見張りの水夫たちが、何事かと駆け寄ってくる。
「て、天草……! お前、今の何をしたんだ!?」
騒ぎを聞きつけたヴェルミナが、寝間着のまま甲板に飛び出してきた。遠くの岩礁から立ち上る土煙を見つめ、しばし言葉を失う。
「……あれが、お前の言っていた力、か」
蓮は気まずそうに頷いた。
「その、少し、やりすぎたかもしれません……」
ヴェルミナはしばらく岩礁の方角を見つめたまま、何かを考え込んでいた。やがて、静かに口を開く。
「懐疑的だった自分の目を、疑わなければならないようだな」
その言葉には、これまでの冷たさとは違う、確かな驚嘆の色が滲んでいた。




