第11話 初陣
岩礁が消し飛んだ一件は、瞬く間に船内に広まった。
翌朝、蓮が甲板に姿を見せると、これまで冷ややかだった乗組員たちの視線が、明らかに変わっていた。好奇と、警戒と、そして僅かな期待が入り混じった眼差し。蓮はその変化に戸惑いながらも、どこか落ち着かない気持ちで甲板の掃除を続けていた。
「蓮、船長がお呼びだ」
声をかけてきたのは、ヴェルミナだった。蓮は雑巾を置き、緊張しながら船長室へと向かった。
「入れ」
イザベラの声に促され、蓮は扉を開けた。船長室の机には、海図が広げられている。イザベラとヴェルミナが、真剣な表情でそれを見つめていた。
「蓮、お前の力の話は聞いた。ヴェルミナから詳しい報告も受けている」
イザベラは海図から顔を上げ、蓮をまっすぐに見据えた。
「単刀直入に聞く。お前の力を、この船の戦力として使わせてもらえるか」
蓮は一瞬言葉に詰まった。
「あ、あの、俺なんかで、本当に役に立てるなら……」
「充分すぎるほどにな」
イザベラは短く答えると、海図の一点を指した。
「実は近々、この海域を荒らしている海賊船団と、正面から衝突することになりそうだ。相手は数で勝る。正直、今の白鯨号の戦力だけでは、分が悪い」
「海賊船団……」
蓮の脳裏に、鬼灯の顔が浮かんだ。もしかしたら、あの一味かもしれない。
「大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
「い、いえ、大丈夫です。俺にできることがあれば、何でもします」
蓮がそう答えると、イザベラは満足げに頷いた。
「よし。ならば、今日から本格的に船の砲を任せる。ヴェルミナ、詳細を」
「了解した」
ヴェルミナが一歩前に出て、蓮に向き直る。
「白鯨号には主砲を含め、八門の艦載砲がある。すべてお前に強化してもらいたい。ただし――」
「理解が及ばなければ、意味がない、ですよね」
蓮が先回りして答えると、ヴェルミナはわずかに目を細めた。
「話が早いな。その通りだ。付け焼き刃で強化しても、暴発すれば元も子もない」
こうして、蓮の慌ただしい日々が始まった。砲術長から一門ずつ丁寧に構造を教わり、装填の作法、火薬の配分、砲身の状態を徹底的に観察しながら、少しずつ強化を施していく。
一門を仕上げるのに丸一日かかることもあった。だが、蓮はその作業に、これまで感じたことのない充実感を覚えていた。
***
三日後、見張り台から敵艦隊発見の報が届いた。
「敵船団、左舷前方! 数、五隻!」
甲板に緊張が走る。イザベラが素早く指揮を執り、白鯨号は戦闘態勢に入った。
「砲撃準備! 蓮、お前の出番だ」
「は、はい!」
蓮は震える足で自分の持ち場――強化した主砲の傍らに立った。近づいてくる敵船団の旗艦には、見覚えのある紋章が掲げられている。鬼灯の乗っていた船だった。
「照準よし! 撃て!」
砲術長の号令と共に、蓮は導火線に火を灯した。
轟音と共に放たれた砲弾は、これまでのどんな射撃とも違う軌道を描いた。まっすぐに、恐ろしいほどの速さで、敵旗艦の中央部へと吸い込まれていく。
着弾の瞬間、敵旗艦の船体が大きく揺れ、艦橋の一部が吹き飛んだ。
「命中……!」
甲板から歓声が上がる。蓮自身も、目の前の光景が信じられずにいた。
「もう一発、装填急げ!」
砲術長の声に、蓮は我に返り、次弾の準備に取り掛かった。戦闘は、まだ始まったばかりだった。




