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怪我が治ったライトだったが依然として身元は不明のままだった。
彼は結局怪我が治ってもジェルバン子爵家に滞在することになった。ミネリタが許可を出したからだ。マチルダの前例もあり、もう既に皆が諦めていた。
だが、ミネリタの意図に反して、ライトは決して彼女の疑似親子には付き合わなかった。やんわりとミネリタのお出かけアピールを躱し、子爵家での下働きを懇願した。
最初は怪訝な顔をして、ぞんざいな態度でライトに接していた使用人達だったが、必死に仕事を覚えようとするライトに、いつしか仲間として認めていくようになる。
始めはへっぴり腰だった薪割りも、一年もすれば筋肉がつき始め慣れていく。
薪割りから始まり、調理の下働き、庭師の手伝いと、ライトはありとあらゆる仕事に真摯に向き合っていく。
そんなライトにアノンは、始めはなんとも思っていなかったが、時折かけられる、ライトからの労いの言葉に心が暖かくなって行った。
彼はアノンが疲れていると必ず
「アノン様、お体をお厭いください」と優しく笑顔を向けてくれるようになっていた。
15歳になる年にいよいよアノンとマチルダは学園に入学することになる。
学園は王都にある。ジェルバン子爵家はタウンハウスを持たない為、二人は寮に入ることになった。
ミネリタが涙を浮かべて寂しいと喚くさまは、とても母親とは思えない、ましてや女子爵だなんて、誰も思わない姿だった。
宥めても手に負えないミネリタを置いて、アノンは不本意ながらもマチルダとともに王都へと旅立った。
だが、領地の仕事から暫く解放されると、心配ながらも喜んだアノンだったが、直ぐにその期待は裏切られた。
というのも、寮でも学園でもマチルダに付き纏われてアノンは辟易していた。
彼女は幼い頃にミネリタに連れて行かれたお茶会で、皆の気を引こうとルートが幼馴染であると吹聴していた。だが、本当の幼馴染はアノンであり、それをルートもルートの母であるハウケン伯爵夫人も否定した。
それ以降お茶会ではマチルダは孤立するようになっていた。
そんなマチルダを諌めるのではなく、気の毒に思ったミネリタはそれ以降のお茶会は、参加者を見てマチルダを置いて行ったりもするようになっていた。
だから学園で各貴族家の令嬢達と再会したマチルダの評判はとても悪く、“嘘つき似非令嬢”と揶揄されて孤立していた。
一方でアノンもまた孤立する。
彼女の場合は単に幼い頃の社交であるお茶会に参加したことがなかった為だ。
知り合いが一人もいないアノンだったが、彼女はあまり気にしていなかった。友人は学園に入ってから作ればいいと思っていたからだ。
だがアノンの意に反して、孤立して令嬢達から嫌われているマチルダは、アノンに付き纏った。一人にされるのを嫌がり、学園の休み時間にアノンが他の令嬢と親しく話しているのを目撃したら、必ず邪魔をしに来る。
次第にアノンは、マチルダから距離を取ろうとしたのだが、ミネリタが態々王都まで出てきてアノンを叱責する。
そんな日々に学園で友人を作るどころか、落ち着いて学ぶ事も出来なくなったアノンは、飛び級制度を利用することにした。
将来子爵になるためには、学園を辞めるわけにはいかない。卒業資格を得る為に、ルートに家庭教師をお願いして、必死に勉強した。
幼い頃からロード達の英才教育を受けていたアノンには学園のテストはそんなに難しいものではなかった。苦手にしていたのは国の歴史くらいで、これに至っては領地経営に関係ないため学んでいなかっただけで、ルートに少し教えてもらったら直ぐに理解した。
そうしてアノンは経った一年で学園を卒業する事になった。
それからはひたすら子爵家の為に働いた。
ロード達使用人達の協力もあり、アノンは難なくそれらを熟していく。
一年後に一つ上のルートが卒業して、ジェルバン子爵家にやってきた。
「アノン、俺と結婚しないか?」
幼い頃から知っている幼馴染のルートのプロポーズに、アノンの心は揺れた。
だが、これに反対したのはミネリタだった。
ミネリタはルートとマチルダを結婚させようと思っていたからだ。
アノンや子爵家の事など、全くミネリタは考えていなかった。
彼女の考えるのは自分の立場だけだった。
「だめよアノン。ルート様はマチルダと結婚してもらうんだから、横から取ったりしたらだめよ」
そんなミネリタの考えはロードやアントンには分かっていた。成長して学園も飛び級で卒業した優秀なアノンに、ルートのような実家がしっかりしている婿が来てしまったら、爵位をすぐにでもアノンに渡さなければならなくなると、ミネリタは危惧しているのだ。そうすればアノンは兎も角婿によって、自分が追い出されるのではないかという、危機感を彼女は《《正しく》》持っていた。
それこそが子爵家に昔からいる使用人達の願いでもあった。
だが、結局アノンはミネリタに逆らえずルートのプロポーズを断った。
アノンがルートのプロポーズを断った理由は、ミネリタに言われただけではなかった。
学園を卒業して子爵家に帰ってきたアノンの側には、ライトという支えがいたのだ。
同じ年頃の二人は、その頃から急速に距離が縮まっていた。
真面目に働くライトに好感を持つのは自然なことで、しかもライトは他の使用人達と違って、アノンに年相応の気持ちを思い出させてくれた。
他の使用人達の中でアノンはお嬢様であって影の子爵でもある為にそういう気持ちで接するが、ライトは違っていた。
アノンを恩人と思っているライトは、宛らナイトのようにアノンに寄り添っていた。
そんなライトに、アノンはいつしか恋に似た気持ちが湧いてくる。
ルートに抱く感情も恋心に近いものがあった。どちらがより大切なのかなんて、アノンには決められなかった。そして其々に抱く気持ちが恋というものなのか決めかねていた。
アノンは迷って悩んで、そしてルートの申し出を断ったのだ。
「アノン《《あいつは》》いいやつかもしれないけれど、身元が未だにわからないんだ。きっと苦労するぞ。俺にしとけばいいのに」
「⋯⋯ごめんねルート」
去り際のルートはアノンを気遣ってくれたが、アノンは謝る事しか出来なかった。




