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side 私
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「これは?」
「古の魔導具と言われているわ」
「これが?」
小さな箱に入っているそれは、一見すると懐中時計のように見える。
私がそう言うと妻は、少し笑みを浮かべて
「時を巻き戻すなら、やっぱり時計って、昔の方も思ったんじゃないかしら?」
と言った。
その言葉に妙に納得した私は妻に礼を述べた。
子供達が読むお伽噺の中に出てくる魔導具という名の玩具。目にするのは初めてだった。本物かどうかはわからないけれど、罪の意識に苛まれる私への慰めに、妻がどこからか手に入れてくれたのだろうと思った。
私はあの日からずっと後悔している。
失った記憶が戻った父は、母の死を知って壊れてしまった。
偽りの母を名乗った女は、労働刑を課せられ、その鉱山で命が尽きたそうだ。私の母を支配して、いいように扱った祖母は、父の手により砂漠の国に捨て置かれて、未だに戻ってこないのは、おそらくそういう事なのだろう。
そして実の母を、死に追いやった罪人なのに、私への罰は陛下からの温情だった。壊れた父の代わりに公爵家を、存続させよとの命だった。
家の存続の為に政略で娶った妻は、聡明で慎ましやかな優しい人で、子ども達は素直にすくすくと育った。
庭で遊ぶ子供達を柔らかな微笑みで見つめる妻。そんな幸せな光景を、私は目にする度に尚の事罪の意識に苛まれていた。
「どうしてこれが罰なんだ!!」
幸せであればあるほど、その幸せは、砂上の楼閣であると感じてしまう。
だって間違いなく私が母を死なせたのだ。
あの時、あの女の事を私が『母上』と呼ばなければ、王国はもっと調査をしただろう。
そして、父の真実の妻を突き止めてくれたに違いない。
それもこれも、あの女達の言うことを、愚かな私が鵜呑みにした為に起こった事だ。
いつも後悔に苛まれ、日に日に気難しく無口になる私に、寄り添ってくれる妻に私は甘えた。自分の罪を告白したのだ。
そんな私に妻は、私の願いを聞いた。
「貴方の罪の意識に、子供達を巻き込む事はできないわ。あなたが今目を向けなければならないのは、貴方の子ども達よ。亡くなったお母様ではないのよ。だから子供達には普通に接して。だけど貴方のその罪を、私はそのままにしておけないわ。貴方の願いは何?貴方は何をしたいの?どうしたいの?私だけならあなたに巻き込まれても大丈夫だから、言ってみて」
「⋯⋯⋯母に幸せを。もう一度やり直せるなら母に幸せになって欲しい。やり直させてあげたい!」
そんな事は絶対に叶わない願いだと知りながら、私は最後の方は、ぐちゃぐちゃの顔で、妻に叫ぶように涙を流して訴えていた。
◇◇◇
この国にやって来て一年目が過ぎた頃、ドバジール公爵家再建のため、父と領地に居た私達の元に、一人の男がやって来た。
薄い茶色の髪は光に透けると、金髪にも見える。青い瞳は父のアクアブルーの瞳よりも濃かった。
だが、その目には私達に対する、嫌悪が映っていた。そして男はいきなり父を殴って言い放った。
「お前に託すんじゃなかった」
父に向かって放つ言葉の意味を、父も私も分からなかった。
「お前は誰だ!」
殴られた頬を押さえながら父が怒鳴ると、男は目に見えて動揺していた。
「まさか、ライト。お前は忘れてしまっているのか?」
初めは憎しみに満ちていた彼の瞳が急に涙を流し始めた。そして父の記憶の中に、自分たちの事が一つもなく、さらにいうなら、少年の頃からの記憶が抜けている父には、息子の私の事さえもわからないと知って今度は頭を抱えていた。
「なんだよそれは!どうしてそんなことになるんだよ!アノンは⋯アノンはなんの為にお前を助けたんだ!なんの為にお前と結婚したんだ!どうしてアノンが一人で死ななければならないんだ!」
そう言って、その男は肘から崩れ落ちた。
ドバジール公爵を殴った事で、やって来た騎士が彼を拘束する。不敬罪で彼は牢に繋がれる事になった。
そんな彼に私は会いに行った。
王家の牢ではなく、公爵家の地下牢に繋がれた彼は、出された食事にも手を付けないと聞いていた。
「あの!貴方は誰ですか?それと、母が死んだって⋯一人で⋯」
私は彼の叫びで、母が死んだと言った事が気にかかった。ライトとマチルダを引き裂いて、強引に父と結婚したアノンは、母上から私まで取り上げるような慈悲の欠片もない女だ。そのくせ、仕事ばかりして私を放ったらかしにする勝手な女だ。そんな女に父は現を抜かして、母上を蔑ろにしていた。父が記憶喪失だったのは初耳だったけれど、あの女の事を忘れたのなら、それでいいと思っていた。それなのに、あんな女の為にここまでするその男が何者なのか、私は知りたくなった。
そして終始私に、軽蔑の眼差しを向ける彼の話を聞いた。
「えっ?」
「何を驚く」
「だって⋯では私は本当にあの女の子供なのですか?」
「あの女?」
それから、私は彼に私の信じてきていた事を話した。それを全て黙って聞いていた彼は、最後に「フッ」と鼻で笑った。
「馬鹿馬鹿しい。よくそんなお粗末な嘘を信じられるものだ。幼い時なら兎も角、今でも信じているなんて、愚かだな。どうしてアノンをちゃんと見なかった?ちゃんと見たらわかったはずだ。お前はただ甘やかしてくれる他人に擦り寄っていただけだ」
嘲る男の言葉に、私は悔しくなってその場を後にした。
彼は結局牢の中で息絶えた。
食事を一切摂らなかったのだから当然そうなる。釈放しようとしたが、態とのように彼は牢から出なかったのだ。
ただ彼は最後に牢番に紙とペンを借りて、父へと宛てた手紙を書いていた。
私と父が、それを知ったのは、その男が亡くなって半年過ぎた頃だ。
突然父の記憶が蘇った、そしてそのタイミングで牢番が父に彼から預かっていたと手紙を渡したのだ。何年経っても父の記憶が蘇った時に、渡して欲しいと頼まれたと牢番は言っていた。
彼は牢番をしながら彼と話す機会が幾度と有り、彼に同情したのだと言っていた。
そして私はあの男、ルート・ハウケンと名乗った彼の言葉が真実だったと知らされる。
彼から父へ宛てた手紙には、すでに母は亡くなっていることが書かれていた。
たった一人で、荒れ果てた離れの邸の中で。
それを知った日から数十年が経っても、私の後悔はまだずっと続いている。
だが、それもそろそろ終わりだ。
この私の命は滔々尽きようとしている。
病で力があまり入らない手を駆使して、ベットボードの引き出しから、若かりし頃妻が手に入れてくれたあの懐中時計に似た物を取り出す。
『これを使う対価は願った人の魂なのですって。その人は輪廻の輪から外れるから、生まれ変わることが出来なくなるそうよ』
妻の言葉を思い出す。
来世など罪深い私には不要だ。
これが本物である事を祈りつつ、最期の力を振り絞ってそれを胸元で握りしめながら、私は私の願いを心の中で繰り返す。
(もし、願いが叶うなら母の時を戻して欲しい。
今度こそ幸せに包まれて過ごしてほしい。
アリエリーノ・ジェルバンのたった一人の息子
アルト・ドバジールの最期の願いです)




