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リステル家の早朝、リボンの色で迷うアノンが左右の手に持つ二つのリボンを、胸元に交互にあてて鏡に写している。
「うーんどっちにしようかなぁ」
今日のこの日の為に散々迷って、昨夜寝る前に赤にしようと、確かに決めたはずなのに、やはりピンクも捨てがたいと、またもや朝から迷っているアノン。
今日はアノンの入学する、ハイザード王立専修学園の入学式だ。
ハイザード王立学園は、王都に二校あるが、そのどちらともに制服着用が義務付けられている。それはどちらの学園も、貴賎の区別なく見た目で判断されない為の処置だった。
濃紺のブレザーに男子は白シャツに濃いめのグレーのクラバット、女子は薄いピンクのシャツに赤か、ピンクのリボンを結ぶ仕様になっている。
昔は赤一色だったのが、数十年前に専修に入学した隣国の王女の髪色が、赤色だった為、彼女が赤いリボンを嫌がり(何故かは不明)その時にピンクが追加されて、選べるようになったそうだが、これはこれで似たような色で悩むので、赤一色のほうが良かったと、アノンはこの2つを見たときからそう思っていた。
結局当日の朝まで迷う羽目になり、アノンは諦めてリボン無しで食堂に向かった。
「おはようアノン、滔々入学だね⋯ってリボンはどうしたんだい?」
朝から胸元にあるはずのリボンがないアノンに、ジュノンは驚いて聞いた。
「お父様、おはようございます。ごめんなさいこんな格好で朝食に現れて。でも決められなかったの」
アノンは悲しげにそう言うと、テーブルに着いてメイドが、皿を置くのを待っていた。
アノンは決断力は悪い方ではないが、こういう時は迷う。それがなぜなのかジュノンは分かっているから、またかと愛娘を眩しく見てしまう。
アノンは、今年漸く学園に入学する。一足先に昨年入学したルートと、同じ専修学園に進むのだ。そして3年後の卒業した後に、アノンとジュノンは、スカイナ王国へと帰国する予定になっている。
一年前、ルートがハイザード王国にやってきて、アノンの進学先を聞いた。その際、卒業後の将来に迷っていたアノンに、アイジェットから提案があった。
スカイナ王国では、代々王弟が外交を担う事になっている。
だがそれは、いつまでもということではない。
次代にも“王弟”は存在するのだ。
丁度一年前にスカイナ王国の第二王子が、学園に入学した。
彼が卒業すれば、彼が次代の王弟として外交に励むことになる。
アイジェットは、そのタイミングでラクルス公爵家を本格的に稼働することになる。今は王家より与えられた領地を、代理人に頼んで国政の方に比重を置いているに過ぎないのだ。
その領地の運営にジュノンを連れていきたいから、アノンもその領地運営に加わらないかと打診してくれた。
その提案は、ジュノンとアノンにとっては、とてつもなくありがたい話だった。
行方不明のままのアノンに、自ら行方を晦ましたように見せているジュノン。
だが、どちらも貴族籍を廃籍されているので、平民としてラクルス公爵領に住む事に関しても問題はなかった。
ジェルバン子爵家は、アノンが12歳の時に没落していて、ミネリタは元領地で平民として暮らしていると聞いていた。
ジェルバン子爵領とラクルス公爵領は、スカイナ王国の真逆の位置にある為、万が一でも道端ですれ違う事もない。
元々この国に来たのは、セドリックの行く末をアノンが案じたからに過ぎず、父娘が離れずに他に行ける場所があるのなら、それは何処でも良かったのだ。
ジュノンとアノン、そしてルートとアントン、ロードにユナ。
皆で話し合って、アノンの卒業後に帰国する事になった。そうなると進学は自然と専修学園になる。
学園の方は、主にこの国の貴族の嫡男や嫡女が入学するのが一般的で、その人達との交流が出来る事が利点だ。
だが、その必要がなくなったアノンやルートは専修で領地経営に特化した分野を学んだ方が利点が大きいことになる。
アノンが迷っていたのは家庭教師という職に就こうと思ったら、この国の貴族たちと顔繋ぎしておいたほうがいいのかなと考えていたからだ。
斯くしてルートは一年前に専修に入学している。
学園が休みの度にアノンの家にやって来ては、復習と称してアノンに自分が習った事を教えてくれる。
時には、外に出てショッピングをしたり、カフェでお茶をしたりと、巻戻り前にはしたこともない“デート”を重ねていた。
まだ婚約など将来の約束などしていないのに、ルートはジュノンから「健全にだぞ、健全に!」とよく苦言も呈されて、苦笑しながらも言いつけをちゃんと守っている。
巻戻り前、アノンはいつも皆から縋られていた。ライトと結婚するまで、人に頼るという事を知らなかった。
だから、大人以外で、アノンを常に甘やかすルートに、恋心が再び芽生えるのに時間はそれほどかからなかった。
そしてアノンはいつもルートの目を気にする。
『これを着けたらルートはどう思うかしら?』
アノンがリボン一つで迷っているのが、ただルートにどう見られるかを意識しているだけなのだと、ジュノンは見抜いて微笑ましく思っている。
数年前の大人びたアノンとは思えないほど、年相応の少女にジュノンには見えているし、実際にアノンは、ルートに恋していて、それは同世代の少女たちと何ら変わらないものであった。
「ピンクがいいかな、アノンには情熱的な色よりも淡い色のほうが似合うよ」
迎えに来たルートの一言で、アノンはすぐ様ロードに赤いリボンを渡した。
サササッと自分でピンクのリボンを結んでルートにその姿を見せた。
後ろから来ていたジュノンは思う。
(前は真っ先に私に見せてくれていたのにな)
お株を取られた父親の、切ない気持ちが込み上がりながらも、ジュノンは二人を眩しく見つめる。
だが次の瞬間、繋ごうと手を伸ばすルートとアノンの間に割り込んで
「さぁ、入学式に遅れるぞ」
と颯爽と二人の肩を抱きながら伴いジュノンは歩き出した。
それを背後から見ながら、アントンとロードが笑いを堪えて
「行ってらっしゃいませ」
と送り出した。




