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アノンの涙  作者: maruko


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「何だこれは?」


 王宮の税務課で働くルートが、それを知ったのは、休憩中に読んでいた新聞記事だった。

 半年ほど前、()()ライトがハイザード王国の第三王子だとわかった時、スカイナ王国の王宮の一部では騒然となっていた。だが、ハイザード王国の新国王の意向により、ライト()は長期に渡り、病気療養中で、その間に結婚して子を設けたことにしたようで、記憶喪失だった事は伏せられていた。

 ルートは元々知っていたから、箝口令が敷かれた事を知ったが、知らない者は表向きの発表を信じていたようだ。


 だから()()()ルートが知らされたのは、ハイザードの第三王子が、スカイナ王国に病気療養の為、秘密裏に長期滞在していた。その際に長年側に寄り添っていた女性と婚姻して子を設けていた。

 今回、ハイザード王国の元王妃の生家を復興する為に、妻子とともにハイザード王国に戻った、そういう内容だった。周知の事実である、王弟によるクーデターの話も、これにかこつけて払拭しようとの意図も見え隠れする。


 記憶喪失だったなどという話は、全く出ていなかったが、ルートはライトの記憶が戻ったのだなと理解した。

 これで漸く幼い頃から働き詰めだったアノンも、齷齪(あくせく)働く事もなくなり、良かったなと思って安堵していた。


 それなのに⋯。

 今日見た隣国ハイザードの記事は、元第三王子セドリックの結婚式の様子を報道したものだった。

 そして驚く事に、その妻の名は“アリエリーノ”ではなく“マチルダ”となっていた。


「どういうことだ!」


 思わず新聞をぐしゃりと握りしめ、低くくぐもるような声が、ルートから発せられて、近くで休憩していた同僚などは、驚きを隠せずに唖然としていた。

 常に冷静なルートが、怒りを顕にした姿を見たのが初めてだったからだ。

 新聞を握りしめながら、ルートが立ち上がる。

 そのままルートは直ぐに上司の元へ行き、長期の休暇申請を受理してもらった。


 そして、久しぶりに訪うジェルバン子爵家は無人だった。

 ミネリタが爵位を返上した事をルートは知っていた。ルートの仕事は、各貴族の税が適切に納められているかチェックする部署だったからだ。それにミネリタの、爵位の返上の仕方が問題になり、かなり辺境伯家が怒り狂っていたのは記憶に新しかった。

 アノンがハイザードに行ってしまっては、ミネリタが領地を治める事など皆無だから、爵位を返上したのだろうと、ルートは思っていたが、ライト(セドリック)の結婚相手がマチルダならば、アノンはどうしたのだ?返上するくらいなら、そのままアノンが爵位を受け継げばよかったのではないか?どうせ元々アノンが領地を治めていたのだから、なんにも問題はないはずだ。

 それにアノンだったら、代官貴族のジェルバン子爵家の爵位を返上する相手は、辺境伯だと知っているはずだ。


 おかしい、何もかもおかしい。


 ルートは、そんな事を考えながら、馬車に揺られ子爵家の場所までやって来た。


 アノンとライトが結婚したあとの長い年月。

 ルートは()()()()来ていなかった。

 流石に振られた相手に、幼馴染だからといって、気安く会いに来れるほどルートは厚顔無恥ではなかった。

 それに会えば失恋の辛さが増す。

 最後に会ったとき、ルートは悔し紛れにアノンに言った。


『俺にしとけばよかったと後悔するなよ』


 ただの憎まれ口だった。

 失恋の辛さをアノンに八つ当たりしただけだ。

 それでも、それからも、そうなってもルートはアノンを忘れられなかった。

 だから未だにルートは結婚していない。

 これからもするつもりはないし、次男のルートに両親も急かさなかったし、今では諦めてくれていた。


 ─ギギギ─


 子爵家の門を押すと不快な音とともにゆっくりと開いた。


「どなたですか?」


 突然後ろから声をかけられた。

 振り向くと、いかにも平民といった風情の娘が、ルートを不審な目で見ていた。


「君は?」


 ルートのその言い方に、貴族であることが理解できたようで、途端に娘は平伏せんばかりに、頭を下げ始め謝罪を口にするが、質問にはなかなか答えてくれない。業を煮やしたルートは、再度名を聞いた。


「ランセと言います。近くに伯母と住んでます。今日は伯母の言いつけでここに来ました」


 それから何故彼女がここに来たのかを知らされた。

 邸の方に進みながら聞いた話しによれば、元々ランセという娘の伯母も人から頼まれていたのだという。

 ここに病気になった令嬢がいて、その世話を頼まれたのだそうだ。だがその伯母が、この元ジェルバン子爵家領地に住み始めたのも、約半年前なのだとか、言われた通りに邸に来たが、人っ子一人邸には居らず、話が違うと途方に暮れたけれど、世話代として少しお金をもらっていたから、何もしないわけにもいかず、しょうがなく代わりに邸の中を数日に一度掃除しているのだとか、そして1ヶ月前からは伯母の代わりにランセがそれをしていると聞かされた。


 ルートは話を聞きながら、その世話をされる病人が、まさかアノンではあるまいな?そんな悪い予感が脳裏に過ぎった。

 ランセの言うとおり、邸の中には誰もいなかった。掃除は彼女がしているのだろうが、行き届いてはいなかった。

 埃っぽい邸の中を歩きながら、ルートは懐かしい気持ちが湧かないことを不思議に思う。


 何故かアノンの痕跡が全くないと思えたのだ。


 その時、ランセという娘が掃除をしようと窓を開いたようだ。

 陽の光が部屋を照らす。


「眩しいな」


 そう言いながら手を目に翳した時、それが遠くに見えた。


「おい!」


「はっはい!」


 ルートのかなり強めの言葉に、驚いたランセは飛び上がった。


「あれは離れじゃないのか?」


 ルートの指差す方を見たランセは、


「そうみたいですね」


 と返す。


「あそこには?行ったことがないのか?」


 ランセの頷きを見て、ルートは嫌な予感がして体中が震える。そのまま邸を飛び出し離れの方へと走った。

 本邸からかなりの距離があったその場所は、まるで手入れがされておらず、草も伸び放題で荒れていた。

 伸びた雑草を掻き分けながら着いた入り口には、鍵が掛かっておらず、益々体が冷えて行く。


 中に進むルート。

 悪い予感は当たっていた。


 探し当てた部屋は一見真っ暗だった。

 一つ一つ部屋の扉を開いていき、行き着いたその部屋は三つめの部屋だった。


 アノンはベッドで既に亡くなっていた。


 ルートが駆け寄り抱き上げても冷たい体は何の反応も示さない。


 真っ暗な部屋ではルートの慟哭だけが響いている。

 ただならぬ様子の、ルートの後を付いてきていたランセは、その様子を見て腰を抜かした。


「ひっひっ」


 声を発しようと思っても、真面な声の出ないランセ。


「巡回騎士を呼んで来い!」


 ルートの言葉で這うように廊下を進み。漸く立つことができたランセは、そのまま伯母の所へ走った。巡回騎士がどこにいるのかさえわからなかったのだ。


 それからは、大騒ぎだった。


 ルートはアノンの亡骸をハウケン伯爵家に運んだ。

 ハウケン伯爵を継いだ兄のアートが、引退した両親を呼び、それからアントンを探す。


 その間にアノンの葬儀を済ませたルートは、王宮へ辞表を郵送した。


 それからさらに半年経って漸く見つけたアントンは、妻のユナとともに既に亡くなっていることが判明する。

 その二人の子が孤児院に居ると聞かされたルートが、そこを訪ねて事情を聞き、漸くアノンに何があったのかを知ることになった。


「アノン、悔しかっただろう?」


 ハウケン伯爵領に眠らせたアノンの墓に、ルートは話しかける。


 冷たくなったアノンの顔には、涙の跡が残されていた。


「アノン、お前の涙を決して無駄にしたりしない!」


 墓前に誓ったルートは、ハイザード王国へと向かった。





 ルートが、時の巻戻りを自覚したのは、14歳の時だった。そしてアノンへの愛しい気持ちも思い出す。

 巻戻り前とは違う事が、色々と起こっていることを知りルートは両親を問い詰めた。


「俺はアノンの側に行く」


 ダンヒルもメリーヌもルートの決意を聞き、直ぐにアイジェットに連絡してくれた。

 アノンには、ルート(自分)に前の記憶がある事は、伏せてもらうことにした。


「もう絶対離れないからな!」


 喩えこの想いが報われずとも、今度は決してアノンの側を離れないと心に誓い、ルートはハイザード王国へとやってきた。









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