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スカイナ王国大使館に着いたアノンは、ジュノンの後ろから付いて行く、幾度となく訪い、勝って知ったる大使館の内部なので、アノンにはその行き先が談話室だと分かった。
(いつもは執務室か応接室なのに珍しいのね)
アノンは、アイジェットからほぼ身内の扱いを受けている為(畏れ多い)、彼女は部外者立入禁止の場所にも、移動することを許されていた。
今向かっている談話室も勿論アノンは入室可能だが、どちらかというとその部屋は、誰でも入れる部屋で、大使館で働く者の休憩室に利用されたりする部屋だった。
近付くと中から数人の笑い声が聞こえた。
その中の二つの笑い声は、アノンのよく知る人物だ。アイジェットとアントンの声に間違いない。
(アントン帰国していたの?)
昨夜は家に帰ってきていなかったアントンの声に、アノンは訝しんだ。どうして帰ってきているのに家に帰らなかったのだろう、他国へ赴くアントンの心配を、常にしているユナを思ってアノンは憤る。そんな事を思っていたら、ジュノンが何故かノックをしている。談話室は誰でも入室可能の為、ノックなどする必要性はないのだ。ジュノンの不可解な行動にもアノンは訝しんだ。
ノックの音に中からは
「おぉ!!来たぞ!」
と言う、アイジェットの戯けた声が聞こえて、思わず小さく笑ってしまった。
中には予想通り、アイジェットとアントンが居たのだが、もう一人アノンの知る人物がいた。
それは遠い記憶に刻まれた姿で、巻戻り前にはとても親しく、そして自分の最期の時にまで思い出した人。
ルートの成長した姿がそこにあった。
アノンとルートは、今度の人生では、数えるほどしか会っていない。アノンが偽装の行方不明になるまでは、割と頻繁に文通をしていたが、アノンがこちらに来てからは皆無だった。しかも彼にはアノンがこの国にいる事を伝えていないはずなのに。
(どうしてルートがここにいるの?でも、あぁルート。貴方は全然変わっていないのね)
アノンの思うルートは巻戻り前のルートだ。だから変わっていない姿というのは、前の人生での姿だった。
この頃のルートに、アノンは勉強を教えてもらったなぁと思い出す。
呆けたようにルートを凝視したまま、動かないアノンに気付いたアイジェットが、何度もアノンを呼んでいたようだ。
突然ジュノンに、肩を揺すられたアノンは「はっ」と我に返った。
「アノン?」
アイジェットの呼び掛けに、アノンは彼の顔を見つめる。だがその瞳虚ろになっていた。
「アノン、大丈夫か?」
「お嬢様」
ジュノンとアントンも心配そうに、アノンの顔を見つめていた。
その呼び掛けに、時計じかけの玩具のように、繰り返しただ頷くだけで、やはり視線はルートの方に勝手に吸い寄せられていた。
「⋯⋯どうして?」
やっと出た声は、ルートがその場にいる事の疑問だった。
「久しぶりだねアノン嬢」
子供の頃と変わらない笑顔。それは前の時とも変わっていない。
彼の穏やかな気質が、その微笑みに映されているような、安心感のある笑みだ。
「ひ、久しぶり⋯⋯です」
思わず以前のように話そうとして、今の自分が平民だったことをアノンは思い出した。
それにしてもルートは何故ここにいるのだろうか?まさか、彼に巻き戻りの話をアイジェットはしてしまったのだろうか?
そんな事を思いながら、アノンの視線がアイジェットに向かう。だが彼はアノンの言わんとすることがわかったようで、首をブンブンと左右に振った。
「アノン嬢が生きているだろう事は、うちの親を見てれば自然にわかるよ」
「もう貴族ではないからアノンでいいです」
ルートは、二人の様子を見てそう言った。
そう言ったルートに、アノンも、お嬢様と言われるのは家の中だけなので、その呼び方を訂正してくれるように願った。
どうやらルートは、アノンがいなくなり、ジュノンが離婚して行方を晦ましたはずなのに、両親ともに平然としている姿で、二人とも居場所を知っているのだろうと推察していたと説明してくれた。
そんな時、偶然スカイナ王国の王都でアントンを見かけて、後をつけアイジェットと合流したのを見たあと、ハウケン伯爵を問い詰めたのだとか。
本の虫だったルートに、そんな行動力があった事をアノンは驚いていた。
そしてルートがアノンに問いかける。
「アノン、君はどちらの学園に行くつもりかな?」
「どちら?」
「そう、学園なのか専修なのか、君がどちらに行くのかわからないから、俺は困ってるんだ」
アノンの、来年進学する学園を聞くルートの意図がわからずに、アノンの表情は強張ってしまった。
(そんなのまだ決まってないわ。悩んでるのは私なのに)
アノンの心の声は、当然皆には届くはずはなかった。




