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ジュノンと父娘二人の日々は、穏やかに過ぎてゆく。アノンはあの次の日から、朝起きて「今日は何をしようか?」と、その日の気分で一日の動きを決めることにしていた。だから朝起きるのが、毎朝とても楽しみだった。
そんな日々の中、アノンの中で変化が起きる。
ジュノンと過ごしているからなのか、理由はわからない。だがアノンの脳内で、巻戻り前の記憶が少しずつ薄れていく感覚があった。
だけど、何ら問題はない。
アノンは今を大切に、そして楽しく生きていたから。
そんなアノンももうすぐ14歳を迎える。
平民とはいえ、そろそろ先の事を考えて、学ぶ場所を決める時期に差し掛かっていた。
ハイザード王国でも、近隣国同様、15歳になる年に王立の学園に入学する事が出来る。
アノンは、巻戻り前はスカイナ王国の王都にある学園に貴族として少しだけ通ったが、この国ではまだ、どこに進学するか決めかねていた。
ハイザード王国の王都には、現在二つの王立の学園がある。
一つは王立学園、もう一つは王立専修学園だ。
王立学園の方は学園、専修学園の方は専修と一般的に呼ばれていた。どちらも貴賎の区別はない。が、どちらも平民が通うには少しばかり学費が高かった。
巻戻り前のアノンは、学園卒業後は、領地の経営に力を注がなければならなかった為、入学する前にどこへ行こうかなどと悩むことはなかった。
スカイナ王国の一般的な貴族が通う学園に、当然のように入学した。
だが、今のアノンはあの時と違う。
大きく違うのは身分だが、他にも心構えが全く違っていた。
何故なら、卒業後のアノンは何をするのかを自由に決められるからだ。
10歳のあの朝、ジュノンに話したハイザード語の取得は、一年経たずに操れるようになった。それというのも、今だから言えるのだが、巻戻り前のライトが、大陸語の発音に、少しハイザード訛があった。耳に聞き覚えのあるアクセントのおかげで、アノンは流暢に話す事ができた。
あの時のアノンは、ハイザード語を聞いたことがなかったから、全く気付かなかったが、アントン辺りは気付いてもおかしくなかったのでは?と思ってしまう。だからといって、ライトと王族を結び付けることなどないだろうなとは思う。ライトがハイザードの出身かもしれないと思ったとしても、まさか王子があんな森にいるなんて思いもよらなかっただろう。
子爵家のその時の事業に、隣国と関わる運送業務があるにはあったが、主導が侯爵家だった為、ハイザード王国の情勢に明るくなかった事も、気付かなかった背景にはあったのだと、今更だがアノンは思った。
だがもうあんな事は起きるはずがないので、考えても無駄な時間だ。
今アノンが考えなければならないのは、将来どんな職業に就くかということだ。
ジュノンは、誰かと結婚するのもいいのではないかと、言うこともあるけれど、アノンにはその気はなかった。
「お嬢様、なにかお悩みですか?」
アノンは今、ジュノンの執務室に置かれたソファの肘掛けに、部屋に持ち込んだ本を開いたまま置いて、片手を顎に当て、悩みながら溜息を吐いたところで、書類に目を通していたロードに声をかけられた。
ロードは、アノンが11歳になった時、この国に来てくれた。そのタイミングで、アノン達は少し広めの家に引っ越しをした。
それは、巻戻り前の時よりも早く、アントンとユナが婚姻した事も関係していた。
二人は夫婦で住み込む事になり、ロードの部屋も必要になった為、引っ越ししたのだ。
そしてそのタイミングで、アノンはリジッド・サージスとの養子縁組を解消して、新たにジュノンの養女になった。
ジュノンは体が回復してから、アイジェットにリステルという姓を与えられていた。
スカイナ王国では、平民でも王宮で働く文官には、その働きの報奨として姓を与えられる。
今のアノンの名は、アノン・リステルだ。
本当の父娘であっても養女になったのは、アノンがスカイナ王国では行方不明者のままだったからだ。だがジェルバン子爵家からは《《無事》》除籍されている。
元のアリエリーノとしてジュノンの戸籍に入る事も可能ではあったが、アノンは父のつけてくれたこの愛称のまま、今度の人生を生きたいと思い、アリエリーノに戻ることなくジュノンの養女になった。
養女であっても血の繋がった父娘に変わりはない。二人にとって戸籍の記載など瑣末な事だった。
「ロード、私ね。家庭教師っていいんじゃないかと思うの。人に教えるという事に、ちょっと興味があるの」
「家庭教師ですか?」
「えぇ。でもね、家庭教師を雇える家って貴族か裕福な平民だけよね。そうなると身分が平民の家庭教師って需要なんてないでしょう?だから悩んでいるの」
14歳のアノンの悩みは、結構切実だった。




