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セドリックとアノンが呼ばれた部屋は、ドバジール公爵の執務室だったが、中に入れたのは二人だけだった。二人に付いてきていた侍女達も退けられ、中に入ると、ドバジール公爵が部屋の時計を押した。
すると部屋に置かれた本棚がスルスルと動き、そこに隠し扉が現れる。
「中で話そう」
公爵がそう言ってアイジェット達もともに中に入った。キョロキョロと見回すのはアノンとセドリックだけ。アイジェットもアントンも普通だったから、アノンは彼等はきっと先程まで、ここで話していたのだろうと思った。
そこは、ドバジール公爵当主の隠し部屋で、避難場所でもあるのだと教えてもらった。
初めて会うアノンにその事を教えるドバジール公爵は、アノンの秘密を知っているのだと思い、アントンを見ると、彼はアノンに頷いて見せた。
ドバジール公爵が、セドリックにその場所を教えたのは、何かあった時はここに隠れるためだと言っていた。
「私が命を狙われているんですね?」
公爵やアイジェットから、説明を受けたセドリックは、そう言って目を伏せていた。
その仕草が、アノンの記憶を擽った。
彼の金色の髪に、青というより水色に見えるその瞳。そして長い睫毛を伏せる仕草。
《《ライト》》が考え事をする時に、度々見せる仕草は、少しも変わっていないと、アノンは懐かしさに目を細めてしまう。
先程まで、ライトはもうどこにも居ないのだと思ったのに、直ぐに変わらぬライトがここに居ると思ってしまう。その矛盾にアノンは心の中で自嘲する。
(結局、ライトはやっぱりセドリック王子なのよね。彼の本当の姿を見てしまって、私は動揺したのかな?)
セドリックとライトを重ねて見てしまうアノン。
(それにしてもハイザードは、色々と問題が多いわ。だから私達の事業⋯⋯えっ?)
その時、アノンは巻き戻り前の事に思いを馳せていた。セドリックと会ったことで記憶の扉が開いたのだ。忘れていたわけではない。
“結びつけて考えていなかった”
ただそれだけだった。
だが、この場でそれを言うのを躊躇った。
ドバジール公爵は知っているかもしれないが、セドリックには伝えていないだろうと思ったからだ。
それに伝えてはいけないとアノンは思った。
かつてアノンとセドリックが、夫婦で会った事実を話してしまうのは、彼の行く末に影を落とす事になると思った。
彼には昨年婚約者ができた事を、アノンはハイザードに来て、王家の好事として発表されたので知っていたからだ。
(どうしよう、でも今言うべきではないわ)
アノンがそんな事を考えていた時、セドリックは祖父の公爵に質問していた。
「では、とてもそうは見えませんが、もしかして彼女は私の護衛ですか?」
トンチンカンなセドリックの質問に、アイジェットとアントンが目を丸くする。
アノンの巻戻りを知っている者からすれば、セドリックの質問はトンチンカンだが、知らぬ者からするならば、その質問は至って普通なのだとアノンは思う。
「⋯⋯セド、それは違う。護衛はもっとしっかりとお前を守ってくれる。彼女とお前を会わせたのは、会っておくべきと考えたからだ」
「会っておくべき?」
ドバジール公爵の言葉で、アノンはこれは、ドバジール公爵なりのアノンへの釘刺しなのだと思った。
かつての人生で、記憶を取り戻したセドリックに、捨てられてしまったアノンの事を聞き、全く覚えていない出来事でも、公爵には許せることではなかったのだろう。
巻戻りの記憶を持つアノンに、婚約したばかりのセドリックに付き纏ったりしないようにと、思ったのかもしれない。
立場と身分が違うことを、アノンに釘を刺すつもりで、会わせたのだと考えられた。
公爵にしてみれば、突然アノンがセドリックの周りを彷徨き始めるよりは、一度会わせてお互いを認識させていた方が、離せると判断したのかもしれない。
アノンは巻き戻り前の時に、数人の高位貴族の人達と接した事があった。
優秀な人ほど自身の危機管理を怠らない事をアノンは知っている。
これもその一環なのだ。
「ドバジール公爵様、発言してもよろしいですか?」
アノンの言葉に、公爵は少し驚いたように目を瞠ったが、直ぐに頷いてくれた。
「公爵様のご心配は尤もなことですが、私は《《そのつもり》》はございません。ご安心を」
アノンはそう言って見事なカーテシーを公爵に披露した。それは巻戻り前の人生で、大人になったアノンが、事業の為に学んだ、高位貴族に接する心得として覚えたカーテシーだった。9歳の、平民の女児とは思えない、その見事な姿にドバジール公爵は、自身の今日の行いを後悔した。
「気を回しすぎたようだ。すまなかった」
「いえ、心得ております」
アノンとドバジール公爵の会話に付いていけないセドリックは、それ以降終始訝しんでアノンを見つめていた。
その後、アイジェットとドバジール公爵に、今後の行動の注意などを受けていたセドリックを置いて、アノンとアントンは先にその部屋を出た。
部屋を出たアノンは、先程思い出した重要だと思える事を、アントンに話そうと思ったが、ここでは不味いと感じた。
態々隠し部屋で話そうとしたドバジール公爵は、この部屋で秘密の話をする事を危惧していたのだ。
アノンとアントンの話も誰に聞かれるかわからない。
アノンはアントンを見上げて手招きをした。
アントンが腰を落としてアノンの目線になった時、アノンは彼に耳打ちする。
「重大なことを思い出したの。護衛はライ、セドリック様だけではだめだと思うの」
アノンの耳打ちにアントンは目を瞠った。




