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馬車の扉が開き、御者の手を借りてゆっくりと降りてきたジュノンを見て、喜びとようやく会えたという安堵から、その顔に笑顔を浮かべていたアノンの顔は凍りついた。
「アノン」
だが、アノンの姿を目に入れたジュノンから、優しく呼びかけられたアノンは、凍りついた顔のまま、足は勝手に走り出してジュノンにそのまま抱きついた。
少し勢いがあり、抱きついたアノンを受け止めるのに、ジュノンの体が大きく揺れたが、それはアントンが先回りして、支えてくれていた。
父娘の抱擁を、御者とアントンが支えているという四つ巴は、傍から見たら異様に映るかもしれないが、ここは既に門中なので他人は誰も見ていない。
ジュノンの体は、かなり痩せていた。
顔も服から除く手も、首筋なども。
とても20代の壮年には見えなかった。
家の中に入り、エントランスですぐ様、立っていられないほどに、疲労困憊で憔悴したジュノンは、先程までアノンが足を揺らして座っていた椅子に、よろけるようにアントンに座らされた。
そのジュノンの体を、横で小さな子供の体でも、なんとか支えようと、アノンはジュノンに抱きついたままだった。
「お父様、こんなにお痩せになって⋯どうして?」
思わずというように声を出したあと、凍りついた表情は溶けて、涙でもう前が見えずに、アノンはジュノンの胸に顔を埋めた。
アノンが居なくなってからの、ジェルバン子爵家は混乱を極めた。
ジュノンは、アノンと離れ離れになる寂しさと心配を、盗賊に襲われ攫われ、行方不明になった娘を思う父の演技に上手にすり替えた。
それはとても演技には思えないほどに、日々やせ細っていき、執務さえも出来ないという形が調い、前子爵を引っ張りだすことに成功した。
アノンの巻き戻り前の人生の情報から、前子爵夫妻のみならず、ジュノンの父である前辺境伯も、流感で亡くなることは食い止めることができた。
辺境伯領地全体で流行る予定だった流感を、流行る前に事前に根絶させた。
ジュノンが出て行く布石を作る為には、前子爵が代わりをしてくれなければ無理だったからだ。
アノンの事で憔悴していたジュノンだったのに、それでも彼等はジュノンの存在をなかなか手放してはくれなかった。
当初の予定通り、アノンの件で憔悴したジュノンが離婚を申し出ても、のらりくらりとミネリタは躱す。
アノンが生まれたあと、子供はもう生みたくないと、閨ごとも行わなくなっていたのに、痩せこけたジュノンの寝室に勝手にやって来て、再び子作りをしようと言い出す始末だった。
挙句、前子爵はロードにまで、ミネリタと閨をするように言い出す。
全てを拒否して、彼等の執着から離れるのに、1年半かかった。本来ならもっとかかったかもしれないが、手を差し伸べてくれたのは、前辺境伯だった。
「お祖父様が?」
ジュノンが話す、1年半の詳細を聞かされていたアノンは、それまで黙って聞いていたが、思わず声に出すほど驚いた。
その声にジュノンはその顔に笑顔を浮かべ頷いたが、痩けた頬で笑顔を作っても、悲壮感しか漂わず、アノンは身につまされるように辛い気持ちが湧く。
ジュノンと現辺境伯である長兄とは、かなり溝がある。
それは、巻き戻り前にアントンが助けを求めても、叶わなかったことから、何か確執があるのだろうとアノンは察していたが、詳細まで聞くほどの余裕がその時はなかった。そして最期のときまでそれを知ることもなかった。
だが、前の時助けてもらえなかったのは、ジュノンが亡くなったとき、既に前辺境伯も前子爵夫妻と同じように、病により故人になっていた事も大きかった。
今回は、前辺境伯も存命である。
ジュノンの憔悴した様子をアントンから聞き、領地の端までやって来て、ジェルバン子爵家に、ジュノンとの離婚を求めてくれた。
ジェルバン子爵家の寄り親でもある辺境伯家に言われれば、代官貴族である子爵家に否とは言えないはずなのに、それでもかなり彼等はごねた。
ようやく離婚届けを手にした時は、本当に夢ではないかと、ジュノンが思うほどかなり苦労したのだ。
話の通じないミネリタの親もまた、切羽詰まると話が通じなくなるのだという事は、ジュノンの頭脳を持ってしても計算違いだった。
彼らにとって婚姻時の誓約の違反など、取るに足らないことだったようだ。
それを突きつけても、鼻で嘲笑われた時は、殺意が湧くほどだった。
そんなこんなで時間はかかったが、ジュノンはようやく愛娘のアノンの元に帰ってきた。
前の時とは違い、命を削る思いだったが、命は無くなってはいない。
アノンはジュノンの胸に縋り、その鼓動を耳に捉え安堵する。
(あぁお父様は生きている)
ようやく再会した二人は、これからの人生を幸多き物にする為に歩み始める。




