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その日の夜、ジェルバン子爵家の執務室では、執事を肇とした、アノンの教育係の面々が、マチルダを連れ帰ったミネリタに詰め寄っていた。
「奥様、何故このような勝手な振る舞いを?」
ミネリタは子爵と呼ばれる事を嫌がっていたため、未だに奥様と使用人の皆からは呼ばれていた。
「まぁ当主の私が決めた事に不服なの?執事としてなってないんじゃないロード」
執事のロードはミネリタよりも10歳ほど年上の従兄に当たる。あまりにも頭の不出来な娘を嘆いて、前子爵が、婿候補に引き取ったのがロードだった。あとからジュノンが現れてロードはホッとしたものだ。とてもじゃないがミネリタの相手は無理だと早々に悟っていたからだ。だが、ロードの優秀な手腕をジュノンが買ってくれて、子爵家の執事として働くことになった。
ロードが平民でなければ、アノンが急いで執務を覚える必要はなかったのにと、実家の男爵家を弟に譲った事をロードは今更ながら後悔していた。
だからこそ、ここは強気に出ようと皆を集めたのだ。
「いくら当主と言っても、ミネリタ様は飾りに徹しているではないですか。でしたらせめて一言ご相談して欲しかったですね。子爵家の運営に関わるのですよ」
「そんな!だってあの子は行き場所がないのよ。それに私だってちゃんと交渉したわ!」
胸を張るミネリタを皆が呆れ返っているのは、マチルダと子爵家に、引き取るほどの関係性が全くないからだった。
「それは、マチルダ様の戸籍と養育費ですか?」
「そうよ!この家に養子に来るわけではないのよ、ただ預かるだけ。それに費用だってちゃんともらってきたじゃない!」
「その費用は既に使って帰ってきたのですよね」
ミネリタはマチルダと帰ってくる道中。途中で観光と称して遊び回り預かったお金を全て使い切っていたのだった。
しかも、その金額は⋯⋯。
「その金額を毎月いただけるのですか?」
父の侍従だったアントンが尋ねた。ミネリタが預かり証として持って帰ってきた紙切れには、平民の1ヶ月ほどの給金分しか書かれていなかったのだ。
「そんなわけないじゃない!ただ学園の費用はあちら持ちとしてきたわ。だから貰った費用が少なかったのよ」
ミネリタの言っていることは、一見正論のようで全くそうではなかった。
マチルダ・シトロンは、アノンの父ジュノンの友人の娘と言っているが、その実はそうではなかった。それは今回の事業提携を結ぶに当たって便宜上そう言っていただけだった。
それをアントンが皆に告げる。
「そもそも、シトロン伯爵令息は跡継ぎではなかった。兄の伯爵の温情で貴族籍を抜かれずに済んで、領地に親子でいただけだ。それにジュノン様とは確かに同じクラスで学んで居られましたが、在学中は挨拶を交わす程度で、それほど親しくしていたわけではありません。もし本当にジュノン様のご友人でしたら、あの視察も私で事足りたのです。ジュノン様が出かけたことで、奥様なら察しても良いのではなかったですか?」
元々この事業提携は、シトロン伯爵から持ち込まれた物だった。ジュノンは伯爵家の評判、事業内容を精査して、一考の価値はあると踏んだ。だが、今まで全く接点のなかった相手からの申込みだったため、一度伯爵家に赴く事になった。
そして、ジュノンの名を出したのが、学園で同じクラスだったシトロン伯爵令息(現伯爵弟)だった事を知り、少しでも顔見知りのほうがいいだろうと、視察も彼が同行する事になった。
そして悲劇が起こったのだ。
今回ミネリタがシトロン伯爵家に赴いたのは、始めようとしていたばかりの事業の白紙撤回の為だった。
ジェルバン子爵家では、ジュノンがいなくなり新規事業を立ち上げてる場合ではなかったからだ。
ミネリタを行かせることには不安だったが、今回ばかりは、子爵が出向かないわけには行かなかった。
誰かを付けるつもりだったのに、何故かミネリタは、勝手に出掛けてあとを追ったロードがシトロン伯爵家に着いたときには、ミネリタはマチルダを連れて帰ったあとだった。
そして観光して帰ってきたミネリタとマチルダは、ロードが帰って来た3日後に、散財し尽くして帰ってきたのだった。
そして皆がマチルダの姿を見て、ミネリタが何故彼女を強引に連れ帰ったのか、さっさと一人で行ったのか分かってしまった。
それはミネリタの髪がキラキラ眩しい金髪で、青い瞳を持つ少女だったからだ。
おそらくミネリタは、最初から彼女を連れ帰るつもりだったのだろうと思えた。
昔から自分のブルネットの髪色と緑の瞳が不満だったミネリタ。
彼女の金髪碧眼への憧れはかなりのものだった。
アノンは小さくても覚えていた。
ミネリタが遊んでいるアノンを見て、嘆いていた事を。
「どうしてアノンは金髪じゃないのかしら。まぁ私とジュノンの子どもですものね。金色の髪の子が生まれるはずないわね。でもせめて目の色は私に似てほしかったわ」
アノンの髪の色は母から譲り受けたブルネット。瞳の色は父から受け継いだ漆黒だった。
それでも美麗と言われた父の容姿を受け継いだアノンは、美少女だったのに、それもミネリタは気に食わなかった。
「女の子はきれいより可愛い方がいいのよ」
そう言って、アノンを見て残念がっていた。
マチルダの容姿は、ミネリタの理想の娘の姿だった。




