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アノンの涙  作者: maruko


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 応接室は大人たちの話に移ることになり、アノンはアートやルートそして二人の妹で、アノンよりも一つ下の、ルティアとともに別室へ向かう事になった。

 ルティアの小さな手と繋いで歩く。案内してくれるのは、迎えに出てくれた男性で、彼はこの別邸の管理を長年任されていたのだと言った。執事とも家令とも言わなかったが、兼任してるのだろうとアノンは勝手に考えていた。


 案内された部屋には、子供が好みそうな甘味処が満載で、部屋に入った途端甘い匂いが、アノン達の鼻孔とお腹を擽った。

 アートは直ぐにテーブルに突進していたし、ルティアはアノンとの手繋ぎを振り解き、アートに続いていた。

 ルートは淡々とした表情でアノンに「座ろうか」などと大人びた口調で誘ってくれた。


 用意されたお菓子の中には、ナッツの入ったクッキーもあった。

 これはアノンの大好物で、前の時の幼い時に、ジュノンがよくお土産に買ってきてくれた物だった。ジュノンが亡くなってからは、子供らしからぬ忙しさもあったし、ジュノンを思い出して辛くなるから、食べることが無くなったクッキー。

 アノンは真っ先にそれを凝視していると、ルートが3枚小皿に乗せて渡してくれる。


「これ好きなの?」


「えぇ、あっ、うん」


 思わず、返事が子供のそれではないなと咄嗟に言い換えたけれど、ルートは気にしていないように見えた。

 それに、アノンも久しぶりに見るナッツ入りクッキーを渡されて、少しだけ心が踊っていた。


 (今なら食べられるわ。だってお父様は亡くなっていないもの)


 恐る恐る口に入れると、クッキーの甘さが体に染み渡る。ナッツの香ばしさの中に不思議と涙の味がした。


 それに気付いたのはルートがハンカチで頬を拭ってくれたからだ。

 アノンはクッキーを食べて、無意識に涙を溢していた。


「⋯⋯ありがとう」


「泣くほど美味しいのか、僕も食べようっと」


 慰めるわけでもなく、突然泣いたアノンに理由を聞くでもなく、ルートは涙を拭ったハンカチを、アノンの手に握らせて、クッキーに手を伸ばしていた。

 咀嚼するルートを見つめるアノン。


 前回の時からの気持ちを、引きずっているのかもしれないけれど、アノンはルートの横顔に釘付けになっていた。


 (やっぱりルートを好きなのは変わらないんだ)


 巻き戻ってから顔を合わせるのは2回目なのに、どうしてもルートを好ましいと思う気持ちは続く。

 ルートのさり気ない優しさや気遣いは、前の時と全く変わらないのだと思えたし、初恋だと気付いた今は、この気持ちを大切にしたいと思えた。


 喩えまた、離れ離れになって、もうすぐ会えなくなるとしても、アノンはルートへの気持ちは忘れたくないなと思えた。



 ◇◇◇



 ハウケン前伯爵を訪ねる数日前、アノンは今回の計画をジュノンに打ち明けられた。

 根回しの段階だから変更もあるけれど、と前置きされたが、概ね決まったことは教えてくれたのだ。


 ジュノンとミネリタの離婚は、直ぐにでも出来る。それは二人の婚姻の時に結んだ誓約で、違反している物があるからだった。それを今まで指摘することなく、ジュノンが見てみぬふりをしたのは、アノンの存在があったからだ。

 ジュノンは、アノンが成人したら、直ぐにミネリタを引退させて、別邸を建てそちらに移るつもりでいた。そして自分がアノンの補佐に回ればいいと考えていたのだが、まさかミネリタが、跡継ぎを軽視していたとは夢にも思わなかった。


 アノンに継がせないのなら、ジュノンが躍起になって子爵家を盛り立てる意味はない。

 だが、アノンの親権を手放す条件にミネリタが子爵家の繁栄を望んだ。


 今の段階では、ジュノンがアノンの親権を取る事はゼロに等しい。

 だから、仕事を頑張ろうとした矢先にアノンから、巻き戻り前の人生を聞かされた。

 話を聞いたジュノンは、自分の甘さを痛感した。不慮の事故とはいえ、どうしてそういう事もあるかもしれないと、根回しをして置かなかったのかと後悔した。ジュノンの危機管理が足りなすぎたから、ミネリタの欲の為にアノンの人生を犠牲にしてしまったのだと思った。

 終わった事はもう取り返しがつかない、ならばアノンの憂いを取り除いて上げるのが、親としてのジュノンの努めだと思った。


 アノンの憂いは主に3つ。


 ジュノンに死んでほしくない。

 マチルダに二度と会いたくない。

 ライトと名付けた、ハイザードの第三王子セドリック殿は助けたい。


 これを叶えるためには、先ずジュノンは持ちかけられたシトロン伯爵家との事業は受けない。

 自ずとその娘にも会わなくて済む。

 ここまではスムーズに考えられたが、問題はアノンの親権と3つめの隣国の王子のことだった。


 彼が何故、あの森にいたのか、その理由も状況もアノンはわからないと言った。


 だがジュノン達が考えたのは、王家のお家騒動があったのではないかということだった。

 憶測でしか今の段階では言えないが、その後に隣国から彼を探しに来た痕跡がなかったから、アノンは分からなかったのではないかと思えた。


 彼の記憶が戻ってから、アノンは彼とは会わずにその生を終えている。


 森に居た状況が全くわからないのならば、森に行くような状況に陥らせなければ良いとジュノンは考えた。


 そしてその為に、ジュノンやアントン達は、アリエリーノ・ジェルバン子爵令嬢を死なせる事にしたのだった。








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