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「アノン!」
応接室で前伯爵たちと話をしている途中で、ハウケン伯爵一家が到着したようだった。廊下をバタバタと走る音がしたかと思ったら、ノックなしで部屋に飛び込んできて、アノンを大きな声で呼んだのは、ルートではなくルートの兄のアートだった。
その時にアノンは、巻き戻り前の幼い頃、ルートとともに野原を駆け回っていた時のことを思い出す。
(あぁそうだった。ルートはこんな風に走る子ではなかったのに⋯)
アノンが変えたのだと、いつかルートに言われた事も思い出す。
本好きで外で遊ぶよりも、部屋で大人しく本を読んでいる方が楽しい、本来のルートはそんな少年だった。
だが、あまり周囲に同い年の子が居ないアノンが、初めて出来たお友達のルートに「遊ぼう!お外で遊ぼう!」そう誘って、一緒に野原に行ったり、木に登ったりしたのだ。全てはきっと、アノンに合わせてくれたのだと今なら理解できる。
その時アノンは、飛び込んできたアートを見つめて少し微笑んだ。だが心の中では(早くルートに会いたいな)と失礼な事を考えていた。
目の前で、親しそうにアノンに話しかけるアートよりも、おそらく両親と共に、静かにこちらへ向かっているルートに会いたいと思うアノンは、その時に初めて自分の心を理解した。遅すぎる理解だった。
(私はルートに恋をしていたのね。初恋なんだわ)
二度目の人生で、大人の目線になって初めて理解する恋心。これを前の時に正確に感じていたら、アノンの人生は違っていたのだろうか?
「アート、マナーがなっていませんよ」
アノンが、心の中で遅すぎる恋心を自覚している時、前伯爵夫人に窘められたアートは、少し首を竦めてから「ごめんなさい」と不貞腐れたように謝る。その姿を見た夫人が「本当に貴方は息子にそっくりね」などと言えば、先程の事を聞いていたアノンやロード、そしてユナも思わずアートを凝視してしまった。
丁度その時、部屋にノックの音がして、アート以外の家族が部屋に入って来た。
程なく、先に走って行ったアートが、現伯爵夫人に窘められて俯く姿を見たアノンは、思わず口にしてしまう。
「アート様を、あまり責めないでください」
アートとルートを比べてしまった罪悪感から、アノンは口にしてしまったが、その言葉にアートはとても喜んだ。自分を庇ってくれたと、優先したのだと思ったらしい。アートの態度にそれが現れていた。
無意識に出た言葉で、誤解を生んでしまったことに気付いたアノンだったが、上手い言い訳が思い付かなかった。
(どうしよう、そんなつもりじゃなかったのに)
嬉々としてアノンの隣に陣取ったアート。
ルートはアノンの左斜め先に夫人と妹と座っている。
自分の浅慮な言葉を後悔したアノンは、前の人生の時のことを思い浮かべていた。
“そんなつもりはなかったのよ”
母ミネリタの言葉だった。
アノンの病が進み、倒れて数日後に別邸に訪れたミネリタが、隣国へ旅立つ別れの挨拶をしに来た時だ。その時まで彼女は娘の病を知らなかったようだった。
『まぁアノン!貴方病気だったの?』
『しばらく見ないなと思っていたけど、それっていつものことじゃない?』
『騙したなんて!そんなつもりはなかったのよ。ただ黙っていただけよ』
『だって貴方が出てきたらマチルダが漸く掴んだ幸せが、逃げちゃうでしょう?』
『でも丁度良かったのかもしれないわね。私爵位を王家に返上したの。マチルダが呼んでくれたから、ちょっとハイザード王国に行ってくるわね』
『貴方がそんな風なら、もうこの国には戻らない方がいいかな?じゃあねアノン』
自分の浅慮な言葉はミネリタと同じものなのだろうか?
“そんなつもりじゃなかった”
その言葉が如何に残酷なのか、一番知っていたはずの自分が、アートに対してそれをやってしまった。
相手が大人なら、7歳の子供だからと見逃してもらえるかもしれない。
でもアートはアノンより3歳年上なだけのまだ子供だ。
あとで言い訳したり、誤解させたままでいるのは良くない。そう思ったアノンは思い切ってアートに告げた。
「アート様、私の隣ではなくご家族の席へお座りくださいませ。私の隣には、まだ家族しか座れないのです」
アノンの意思を持った言葉は、アートに失望をルートに平穏を齎した。




