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ハウケン伯爵家別邸は、領地の端で王都寄りに建てられていた。
伯爵を引退した夫妻が、落ち着いて住めるようにと建立された別邸は、周辺に緑も多く、民家が近くない。そのせいか、門番の護衛は屈強な武人が数人直立していて、建物の落ち着いた雰囲気を少し損なってもいた。
そんな厳しい男たちに、ロードがジェルバン子爵家からの使いだと告げると、顔色を変えることなく門が開く。
だがその後の対応は、表情はともかく丁寧で、前伯爵がこちらの訪いを、不快に思っている訳ではないことが伝わる。
だが、緊張からかロードの顔色は頗る悪い。
アノンはそんなロードを見て、自分が説明を変わろうかと言い出しそうになって止めた。
今のアノンはまだまだ子供だったことを思い出す。7歳の幼女からの説明など、絶対に説得力に欠けるし、何より前伯爵に失礼に当たると思い至った。
馬車が入り口に到着した時、出迎えてくれたのは、おそらく伯爵家の執事か家令と思われる。案内されたのは、落ち着いた雰囲気の部屋で、既に前伯爵夫妻はソファに落ち着いていた。
「すまんな、最近は足腰が弱ってきて、歩くのも億劫でな。出迎えず失礼した」
ハウケン前伯爵は、アノンの祖父よりも少し年上のようだった。ルートの父は遅くに出来た子だったのかなと、勝手に想像する。
アノン達も促されてソファに座った。
まだルート達は到着していないようだ。
「先に話を聞いておこうかな。息子たちは知ってることなのだろう?手間も省けるようだし」
愈々ロードが説明を始めるのだ。
アノンは心配で横に座るロードを見上げた。だがアノンの心配は杞憂に終わる。
彼は、やはりいざという時は、頼りになるのだと改めて思うアノンだった。
ロードの説明は的確だった。
前置きで「主家の事を話すのは職務違反となる事を充分に理解している」と言って話し始めたが、そんなにも明け透けに話していいのかと心配になるほど、子爵家の内情を暴露していた。
そんなロードを見て、彼もまたジェルバン子爵家を去ろうとしているのだとアノンは感じた。
アノンはそんなロードの手をずっと握っていた。その様子を夫妻が見ていることには気付いてはいなかった。アノンはロードが話している間、ずっと彼を見つめていたからだ。
だが、それが功を奏した様で、ロードの話が単に子爵家を貶める為のものではないと、夫妻は正しく理解してくれたようだ。
「ジュノン君はうちの息子の恩人なんだ」
ロードが話し終えると、前伯爵が徐にそう話し始めた。
どうやらルートの父であるハウケン伯爵は、学園に入るまで、とんでもないワルガキだったらしい。幼い頃から後継者教育も真面に受けず、ハウケン伯爵家も、自分の代でお終いかと嘆いて、本気で親戚の子を教育しようかと夫妻で話すまでだったという。
(ルートのお父様が、そんな人だなんて想像つかない)
アノンの知るハウケン伯爵は、明るくていつもアノンにも気を使ってくれる優しい人だった。巻き戻り前と、今も変わらないなら温厚な人物だ。
そんな風に変えたのがアノンの父なのだと前伯爵は言う。
廃嫡一歩手前の息子が、学園に入って暫くすると急に前伯爵に謝罪したのだという。
自分はあまりにも恵まれすぎてて理解していなかった。せっかく教育を施してもらっていたのに、申し訳ない。可能なら長期休暇のときに今一度学びたいと言い出したそうだ。
前伯爵も出来は悪くても、やはり息子は可愛いから、多少悪くても本音は家を継がせたいと思っていた。だが、それを凌駕するほど学ばない息子に引導を渡すのが辛くて苦悩していたから、その代わり具合に夫妻で歓喜したのだという。
「息子は学園でジュノン君に会えていなかったら、今頃は平民になっていただろうと、そしてどこかで野垂れ死んでいたかもしれない。だからこそジュノン君の窮地はなんとしても助けたいんだ」
今回ハウケン伯爵が手助けするには、あまりにもアノンの父と繋がりが近すぎる為、あからさまに協力すると、ハウケン伯爵家に何かしらの被害が及ぶかもしれないと、前伯爵に頼んできたのだと言っていた。
周りの人たちの優しさや温かさがアノンの心に響く。
「では!ご協力いただけるのでしょうか」
「あぁ、何でもしよう。そして君も子爵家を出るつもりなのだろう?二人と一緒に行ってはどうか?」
「⋯私はまだ、旦那様に許可を頂いていないのです。おそらく私が子爵家と縁石だからかもしれません。ですが、旦那様とお嬢様を支えたいと思っています」
「そうか、それなら私からもジュノン君にアドバイスしておこう。ご息女は、アリエリーノ嬢と言ったかな?お父様と一緒にずっと居たいのだと聞いた。それに間違いはないのかな?」
ロードの決意に胸が熱くなっていたら、ハウケン前伯爵が、アノンに優しく問いかけてくれる。
久しぶりに愛称以外の名を呼ばれ、アノンはいつにも増して、背筋を伸ばした。
その仕草はおそらく到底7歳には見えないことだろう。でもアノンはしっかりと挨拶とお礼を述べたかった。
「ハウケン前伯爵様、たくさんのご厚情をありがとうございます。手を差し伸べてくださり感謝いたします」
アノンの、こちらを見るその揺るぎない聡明な瞳を見て、ハウケン前伯爵夫妻は、目を瞠ったあと微笑んで頷いてくれた。




