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「おとうさまが、りえん?」
「いえお嬢様、それはあくまでも私の考えです。以前から旦那様と奥様のご様子を見て、使用人達で話していただけの、ただの噂に過ぎません。本来ならお嬢様にこんな話は絶対いたしませんが、お嬢様のご事情を踏まえましたら、ただの噂話でもお役に立てるのではないかと、そう思ったので、ご無礼を承知でお話させて頂きました。それにアントン様からの指示は本当のお話です」
「そう、ユナ、でもよく話してくれたわ。言い難い事なのにありがとう」
「まぁお嬢様、本当なら私を叱るところですよ。それと最近言葉が、子供の話し方と変わってきましたね」
「えっほんとう?」
「はい、たまに大人びてお話する事が増えています。年相応の時もありますが、もしこのまま隠すのであれば、お気をつけ頂いたほうがよろしいと思います」
ユナは前の時もそうだったが、アノンの為に的確なアドバイスをしてくれる所は、変わっていない。彼女が本当にアノンの事を思ってくれているのが、ひしひしと伝わってくる。
ユナはアノンよりも年上だが、母親ほどというほどではない。それでもアノンはユナの子供で在りたかったと思ってしまう。
「ユナ、わたしおとうさまに、おはなししてみるわ」
アノンは前の時は、両親は仲睦まじいのだとずっと思っていた。
だが、巻き戻ってから子供の目ではなく、俯瞰してみると、二人はかなり歪な関係に思えてしまう。
だから、子爵家の使用人達から、噂といえども離縁という話になったりしているのだろう。
それにアノンは、事業の話は、まだまだ先だと思っていたけれど、既に今日そんな話をしていたところを見ると、これから事業について調査したりするのかもしれない。
それならば、早めにジュノンには話しておかないと、いくらアノンが、その日に絶対行ってはいけないと言っても、事業という決めごとに日程をずらすのはかなり困難なことだと、アノンが巻き戻り前に体験しているからよくわかる。
その日ジュノンを止める為には、アノンが生死を彷徨うような大病を患わない限り無理だ。
だったら前以て話をして、ジュノン自ら気をつけてもらわなければいけないと思った。
そう決意して、話をしに父の書斎兼寝室へと向かっていると、どこからかミネリタの金切り声が聞こえた。
驚いたアノンとユナが、顔を見合わせて頷き合い、その声のした方へと向かうと、扉の前にはアントンが立っていた。
部屋の中からの怒声と金切り声が聞こえてくる。アノンに気付いたアントンが直ぐに駆け寄ってきた。
「お嬢様、どうされました。何か旦那様にご用事でしょうか?私が承りますので、お部屋でお待ちください、ユナ!」
アントンは両親の諍いをアノンに聞かせたくなくて、必死に遠ざけようとして、ユナまで叱責しているが、アノンはこの喧嘩は盗み聞きでも聞かなければならないと感じた。
何か本能のようなものが、この喧嘩は重要だと告げている。
「アントン、貴方の心配はわかるけど、これは私が絶対聞かなければならないと思うの。黙って側に控えてなさい」
部屋の中の二人に聞こえないように、くぐもった声で、アノンはアントンに言い聞かせた。
その子供らしからぬ気迫に、アントンは驚きつつも何かを感じてくれたのだろうか、急にアノンを抱き上げ、そのまま扉の前に立った。
アノンは扉に耳を当て中の声を聞き漏らさないように、必死で聞いていた。
二人は小声で言い合いをしているわけではない。だが、父ジュノンの怒声よりも母ミネリタの金切り声が耳障りで、アノンは度々耳を離したりしていた。
キーンと音が鳴るような声は、あまりにも不快だった。巻き戻り前の時は、ミネリタのこんな声もアノンは聞いたことがなかったのだ。
だが、アントンもユナも意外と平気そうな顔をしているのを見ると、ミネリタの金切り声は、アノンが知らなかっただけで、この家では通常のことなのかもしれない。
またもや前との違いに、アノンは驚くが、丁度その時、ミネリタが発した言葉で、アノンは繋がったと感じた。
どうして父が、離縁を考えていながらしなかったのか。マチルダの事を随分前から、ミネリタは気にしていたのに、シトロン伯爵家との新規事業を立ち上げようとしたのか、ようやくアノンは分かったのだ。
「分かったわ!離縁でも何でもすればいい。でもね、ジェルバン子爵家は貴方が回して成り立っているのよ。そんなことくらい私もわかってるわ。今貴方がいなくなったら私が困るじゃない。だから私が何もせずにいてもいいように、その新規事業とやらを成功させてちょうだい。そうしたら貴方とアノンの籍を子爵家から離籍してあげるわ。それをしないのであれば、アノンの親権は子爵家当主である私の物よ!アノンを連れて行くのは子爵家の基盤がちゃんとできてからよ!このまま貴方がいなくなったら、アノンは果たしてどうなるのかしら?ふふっ」
ミネリタの悪魔の提案が聞こえたアノンは、ジュノンが死んだのは事故ではあるけれど、元凶が母であったのだと、悔しくてくちびるを噛み締めていた。




