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アノンは、サロンに置かれた飾り棚の影に隠れていた。少し窮屈な隙間だが、両親達の話を聞く分には問題なかった。
和気藹々と仲の良い2組の夫婦。
だけどアノンは、ルートの母が、ミネリタを苦手にしているのを知っている。それは巻き戻る前に、成人したあとに聞いた事だったから、今の時点ではアノンは知らされていないし、他の三人も全く気付いていない。
(おば様大丈夫かな?)
ルートの母メリーヌを気遣いながらも、アノンはジュノンとハウケン伯爵の話に耳が傾いていた。
何故なら、二人はあの事業について、話していたからだ。
(こんなに前から、話があったのね)
そんな事を考えながら、父たちの話に聞き入っていたので、アノンはすっかり、かくれんぼの事など忘れてしまっていた。
「その娘がきれいな金髪なら、平民になるなんて勿体無いわ。養子に貰ってここを継いでもらおうかしら。そうしたらジェルバン子爵家にも金髪の子が生まれる可能性は高いわよね!」
不意にアノンの耳に、ミネリタのその言葉が入ってきた。父たちの話ばかりに気を取られ、母親たちの会話を聞いていなかったアノンは、その言葉の前後の話が分からず困惑する。だがミネリタの言葉は、その前後がなんであれ、ありえない言葉だった。
信じられない思いで、目を丸くしていたら、メリーヌがミネリタを窘めはじめる。
「貴方正気?冗談でもありえないわ。貴方にはアノンちゃんがいるでしょう」
メリーヌの声は、おそらくアノンに聞かせないようにと、配慮しているのだと思われるほど小さかったが、アノンは耳がいいので、しっかりと聞こえていた。それからもメリーヌは、何度も何度もミネリタを諌める。だがミネリタには、その言葉は届かないようだった。
「だってアノンの髪色は金髪じゃないでしょう。がっかりな「いい加減にしろ!!」の⋯貴方っ」
ジュノンが怒鳴ったと同時に、激しくガラスの割れる音がした。アノンの体がビクッと跳ねる。その時アントンが、突然アノンの目の前に立っていた。
「えっ?」
「お嬢様、かくれんぼは終わったみたいですよ」
アントンはそう言ってアノンを抱き上げたままサロンを出る。そのまま部屋へと移動していたアノンは、頭の中で、今起こった出来事の、覚えていることと、忘れてしまっていた事が交錯していた。そうして幼い頃の記憶というのが、かなり曖昧なのだと実感する。
この時のアノンの記憶では、父が怒鳴って怖かった事は、覚えていたのに、だれに怒鳴ったのか、そしてどうして怒鳴ったのかを覚えていなかったのだと知った。
部屋に戻る廊下の途中で、ユナと合流したアノンは、そこでアントンから降ろされて、そのままユナと自分の部屋に戻った。
あのあとのサロンがどうなったのかわからないまま、アノンはいつしか眠っていたようだ。
ユナに起こされるまで、ぐっすりだった事に驚いた。
やはり精神年齢が30代で、かくれんぼをするのは、かなり精神的に負担になっていたのかもしれない。
「みんなかえったのかしら?」
「はい、あのあと直ぐにハウケン伯爵家の皆様には、おかえり頂きました」
「そう」
「お嬢様、何があったのでしょうか?私には聞かせて頂けなかったのですが、私が知る必要はありませんか?」
ユナは、アノンから告白されたあと、よくこのような聞き方をしてくるようになった。
アノンの巻戻りの秘密を共有しているのが、自分しかいないと知っているユナが、アノンの相談に乗ろうと常にしてくれている。
本来なら今日の事は、メイドのユナは知る必要のない事柄だった。
だが、アノンは知っていて欲しいと思い、ユナの言葉に感謝しながら、ミネリタの言葉やサロンであった出来事を伝えた。
顔を引き攣らせながら、ユナは手にしていたアノン用の顔拭きタオルを、ギュウッと一層強く絞っていた。
「お嬢様、実は先程アントン様から、お嬢様の荷物を軽く纏めていたほうが良いと言われたのです」
「⋯⋯どういうこと?」
「これは私の考えですが、旦那様は離縁を考えておられるのではないでしょうか?」
「えっ?」
ユナの言葉を聞き、アノンは考える。
巻き戻り前の記憶と違う展開になるのだろうか?
それとも、前もそういう事はあったけれど、父は思いとどまったのだろうか?
アノンは、忘れていたことを知り、知らなかったことが増えてしまって、ユナに顔を拭いてもらいながら、先が見えなくなったと思い、ブルリと震えた。




