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時を巻き戻り決意を新たにしたアノンは、ユナに連れられて朝食の席に着いた。
父ジュノンが「おはようアノン」と優しく笑顔で挨拶する。
9歳で死別した父。
ジュノンが居なくなったあとの、寂しさや辛さを思い出す。だがそれ以上に、懐かしさが込み上げて、アノンは知らず涙が溢れ出ていたようだ。
「ど、どうしたんだアノン!」
アノンの涙に慌ててジュノンが立ち上がる。
愛しい娘の泣き顔を、朝から見るなんて、本当に心臓に悪い。
ジュノンは慈しむように、お行儀よく座るアノンを抱きしめた。
「まぁ貴方、食事が冷めちゃうわ」
空気を読まないミネリタの言葉。
アノンは、母のその言葉が耳に入った時、
(あぁお母様ってはじめからこんな方だったのね。私が気付けていなかったのだわ)
アノンは幼い頃はミネリタに愛されていると思っていた。そう信じていた。ミネリタの理想を、具現化したマチルダを引き取って変わったと思っていたけれど、そうではなかったのだと、時が巻き戻って気付くことができた。
ジュノンが事故に合うまであと4年。
あの悲劇を止めることが出来れば、それでいいとアノンは考えていた。
何もしない、出来ない、暴君のミネリタを止めることができるのは、ジュノンしかいなかったのだ。
「ミネリタ、食事は冷めるかもしれないけれど、娘の心が泣くほど悲鳴を上げているのだとしたら、それを放置すれば娘の心が冷え切ってしまうんだよ」
「⋯⋯そうなの?分かったわジュノン。私食べるのを待つわ」
子供のように言い聞かせられるミネリタを見て、お母様は成長できなかった大人だったのだと、アノンはミネリタに母を求めたことが愚かだったのだと、改めて理解した。
「おとうちゃま、わたちだいじょうぶでちゅ。ちょっとびっくりちてちまいまちた」
普通に話していたつもりのアノンだったが、この頃はまだ舌足らずだったようで、自分の発した言葉に驚いてしまった。
「そうか?どうして泣いたんだ?」
「んーわかりまちぇん。でもあんちんちたのでだいじょうぶでちゅ」
まだ納得できず、不満そうなジュノンだったが、思うところがあったのか「じゃあ食べようか」と自身の席に戻ってくれた。
久しぶりに口に入る食事は、温かくてしっかりと味がした。
寝込んでからの食事は、はじめの頃は何とか口にできたが、亡くなる前には、既に薬を飲むために水を飲むことすら苦しかった。
味のする食事を咀嚼して嚥下できる事に感動して、またもや涙が出そうでアノンは何とか堪えた。
そして感じる。
(私生きてるのね)
きっとライトとアルトと別れてからの自分は、既にもう生きる事を諦めていたのだと思えた。
どうしてこんな不思議な事が、アノンの身に起きたのかわからないけれど、折角巻き戻ったのだから、《《やり直す機会をくれた誰か》》に報いる為にも、アノンは人生を精一杯楽しもうと思った。
食事のあとアノンは、ミネリタとともに、日当たりの良いサロンに移動した。前の時もこの頃はよく、ミネリタがしていた刺繍を眺めて過ごしていたはずだ。
ミネリタがハンカチに、ひと針ひと針刺していく。そして彼女は言った。
「どうしてアノンの髪は金髪じゃないのかしら?」
溜息を吐きながら言うミネリタ。
アノンは(あぁこの頃に言われていたんだな)と心の中で苦笑する。
「お母様、私が金髪以外だと疑われますわよ」
アノンの言葉に、ミネリタもユナも母付きのメイドも驚いたが、おそらく一番驚いたのはアノンだった。
先程ジュノンと話した時は、普通に話していても舌足らずな言葉しか出なくて、伝わるか焦ったほどだったのに、ミネリタには、とても5歳とは思えない言葉が飛び出していた。
「アノン貴方何?」
驚いた表情のまま、いやそれ以上に、得たいのしれない何かを見ているような目で、くちびるを震わせてミネリタが聞く。
(どうしよう、不味いわ)アノンはこのまま《《普通に》》生活していこうと思っていたのに、これではミネリタに不信を抱かせて、追い出されてしまうかもしれないと思った。ミネリタなら、喩え血が繋がった娘でも、それくらい平気でするというのは、前の時に学んでいる。
「おかあしゃま、どうちたの?」
今の発言をとりあえず無かったことにして、部屋に帰ろうと、先程ジュノンに発した言葉を思い出しながら、態と舌足らずになるように誤魔化した。
不思議そうにアノンを見つめるミネリタに、引きつりそうになりながらもアノンは、笑顔をミネリタに返す。
そのうちにどうにか自身の中で折り合いでも付けたのか、頭を左右に振って「何でもないわ」と言って、刺繍の続きを始めたミネリタに、アノンはホッとして密かに息を吐いた。
それから何とか自然を装って、ユナと自分の部屋に戻ったアノンは、自分の身に起きた不思議な巻戻りのことを、《《前の時から》》最も信頼していたユナに打ち明けた。
アノンの長い長い告白に、ユナは涙を我慢できなかった。
「ユナ、わたちのはなち、ち、ちんじてくれりゅ」
泣いているユナにアノンが尋ねると、ユナは涙をハンカチで押さえて頷いた。
「お嬢様はお気付きでないかもしれませんが、先程お話くださった事を説明されているときは、舌足らずではありませんでした。しっかりと私にも伝わるお言葉でしたよ。おそらく前の事を話すときは、前のお嬢様の年相応に戻られるのではないのでしょうか?今も普通に私に話しかけてくださる言葉は、舌足らずの昨日までと変わらないお嬢様です」
ユナの言葉にそういえばと、長い話をしているときに出る言葉は、普通に話していたと思い出す。
あまりにも夢中で、何とかわかってもらおうと必死で話していたため、そんな所に思い至らなかった自分に苦笑する。
「ゆなが、ちんじてくれてうれちい」
「それよりも前のときに、お辛い最期を迎えさせてしまい申しわけありませんでした。今度はアントンなど見向きもせずに「ちょっとまっちぇ」」
アントンとユナはとってもお似合いの夫婦だった。その姿に何度も救われたし助けられたのだ。
二人の幸せな家庭はアノンにとって理想の家庭だったのだと、必死にアノンはユナに説明した。
だからといって、気持ちがなければ無理をする必要はないけれど、もしアントンを好きなら今度もきっと夫婦になってほしいとアノンはユナに懇願した。
アノンの懇願を聞き、少し頬を染めながら頷くユナを見て、アノンは、もうこの頃からユナは仄かにアントンを慕っていたのだと気付いた。
(ユナ、今回もユナには幸せになってほしいのよ)
アノンの心からの願いだった。




