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おっぱいに誠実で何が悪い!〜“乳眼”持ちに転生した俺、婚約破棄された悪役令嬢の無実だけは見抜いてしまう〜  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第37話 王宮の招待状は、微笑みの形をしている

 王宮からの招待状というものは、紙の時点で腹が立つ。


 まず厚みが違う。

 手触りも違う。

 封蝋の紋章も、いかにも「これは断る側が無礼です」と言わんばかりに整っている。

 つまり、あれは手紙ではない。

 笑顔の形をした圧力だ。


「……本当に腹立つな、これ」


 朝の応接室で、俺はテーブルの上に置かれた招待状を見下ろしながら言った。


 王妃主催の小規模晩餐会。

 名目は“近しい家々との和やかな交流”。

 実態はどう見ても、リリアーヌを静かに観察し、王宮の空気の中でどう扱うかを再確認する場だ。

 そして同時に、こちらがどこまで材料を握っているのかを探る場でもある。


「今さらですわね」


 向かいでリリアーヌが答える。


 今日の彼女は、まだ外出前なので簡素な朝のドレス姿だったが、それでも背筋はまっすぐで、視線は鋭い。

 昨夜、第3章の締めとして“次は王宮の前で舞台ごと壊す”と決めてから、彼女の空気はまた少し変わった。

 迷いが減っている。

 その代わり、腹の括り方が一段深くなっている。


「腹立つのは今さらでも、毎回新鮮に腹立つだろ」


「それは否定しませんけれど」


「だろ」


 リリアーヌは小さく息を吐き、それから机上の招待状を指先で押さえた。


「ですが、これは好都合でもあります」


「王宮が自分から舞台を用意してくれたからか」


「ええ」


 そのとき、バルトロが静かに口を開いた。


「お嬢様、今一度確認を」


「ええ」


 執事の前には、昨夜までに整理した資料の写しが几帳面に並んでいた。

 脅迫文。

 旧礼拝室の記録断片。

 王子アレクシスの証言メモ。

 学園と王宮女官筋をつなぐ費用の流れ。

 そしてエレノアが過去にも“白を上げ、黒を外してきた”痕跡。


「本日の目的は、勝つことではございません」


 バルトロが言う。


「え?」


 思わず俺が返すと、リリアーヌがこちらを見る。


「何を驚いていますの」


「いや、王宮の前でやるって言ったから」


「だからといって、今日この一日で全てをひっくり返すとは申しません」


 ごもっともだった。


「では何が目的だ」


「三つ」


 リリアーヌが言う。


「一つ。エレノアの“揺れ”を見ること」


 そこで彼女の視線が俺に向く。

 要するに、《乳眼》の出番である。


「二つ。王宮側が、わたくしを今どう扱うつもりなのかを見極めること」


「うん」


「三つ」


 彼女は少しだけ間を置いた。


「セシル様が、どの位置に置かれているかを、実際の場で確かめること」


 その一言で、応接室の空気が少し変わる。


 そうだ。

 第4章の入口で、もう一度セシルは外せない。

 彼女は白い檻の中で一度、自分で紙片を持ち出した。

 だが、それで完全に味方へ来たわけではない。

 まだ檻の中だ。


「……つまり」


 俺は整理するように言った。


「今日は、反撃の初手であり、観察の日でもある」


「ええ」


「だったら」


 俺は少しだけ顔をしかめる。


「かなり“必要な観察”が多い日だな」


 言った瞬間、リリアーヌの耳がぴくりと動いた。


「朝からその単語を出さないでくださる?」


「だって本当に必要だろ」


「必要なのは分かっていますわよ!」


 珍しく少し強く返ってきた。

 だがそれだけ、この件に関して彼女自身も気まずいのだろう。


「……でも」


 小さく咳払いをしてから、リリアーヌは言った。


「今日ばかりは、あなたのその力が一番要になります」


「分かってる」


「エレノア。王妃付きの女官たち。アレクシス殿下。場合によってはセシル様も」


「見る」


「ええ」


「でも、毎回思うけど」


 俺は額を押さえる。


「こんなに真面目な顔で“胸を見る”ことに覚悟を決める人生って何なんだ」


「知りませんわ」


 リリアーヌは即答した。


「乳神にでも文句を言いなさい」


「それは本当にそう」


 だが、軽口はここまでだった。


 マルグリットが部屋へ入り、一礼する。


「お嬢様、支度の時間です」


「ええ」


「拓真様も、今日は補佐役としてではなく“ヴァルモン家が招いた随行の一人”として整えていただきます」


「……随行の一人、ね」


「不満が?」


「いや」


 不満というより、少しだけ妙な感じがした。

 この世界に来た時は、俺はただの転生者で、拾われて、流されて、異常な能力を押しつけられただけだった。

 なのに今では、王宮の前へ出るヴァルモン家の側の一人になっている。


「……行くか」


 俺が呟くと、リリアーヌが静かに頷いた。


「ええ。行きますわ」


 支度が整ったあと、馬車へ乗り込む前の玄関ホールで、リリアーヌの姿を見た瞬間、俺は思わず息を止めた。


 深い藍を基調にした夜会用ドレス。

 装飾は華美すぎない。

 だが、削ぐところを削いだ上で、公爵家嫡女として必要な格だけは一切落としていない。

 胸元の開きも上品な範囲に収まっているのに、逆に視線が逃げにくい。

 白く柔らかく整えやすい“王宮好み”とはまるで違う。

 凛としていて、簡単には折れなさそうで、でも冷たさだけでは終わらない。


 たぶん、エレノアが一番好まない類の美しさだ。


「……何ですの」


 リリアーヌがじろりとこちらを見る。


 しまった。

 見すぎた。


「いや」


「いや、ではありませんわね」


「……似合ってる」


 正直に言うと、彼女は一瞬だけ固まった。


「……そう」


「うん」


「それは」


 ほんの少しだけ視線を逸らしながら言う。


「どうも」


 耳が少し赤い。

 珍しい。

 でもその次の瞬間には、すぐに表情を引き締め直した。


「ですが」


「?」


「その顔のまま王宮へ入らないでくださいまし」


「どの顔だよ」


「妙に真っ直ぐ見てくる顔です」


「いや、今のは普通に褒めただけで」


「普通に褒めるのも、今日は少し控えてください」


 そこへマルグリットがすっと入る。


「お嬢様、時間でございます」


 助かったような、助からなかったような。


 俺も今日は、それなりに整えられていた。

 黒を基調にした礼装。

 派手ではないが、ヴァルモン家の随員として不自然でない程度には仕立てられている。

 前世の俺が見たら、たぶん一番驚くのはこの姿だろう。


「……本当に行くんだな」


 馬車へ乗り込む前、ぽつりと漏らすと、リリアーヌは先に足をかけながら言った。


「何を今さら」


「いや、分かってたけど」


「でしたら、腹を括りなさい」


「はいはい」


「返事が軽いですわ」


「軽くしてないと緊張で死ぬんだよ」


 そう言うと、リリアーヌは一瞬だけ目を瞬かせ、それからほんの少しだけ口元を緩めた。


「……死なないでくださいまし」


 その声は小さかった。

 けれど、ちゃんと本音だった。


 俺は少しだけ笑って頷く。


「善処します」


「その答えは嫌いです」


「知ってる」


 王宮へ続く道は、夕刻の光の中でやけに静かだった。


 王都の喧騒から少しずつ離れ、石畳は広くなり、建物の高さと間隔が変わっていく。

 城壁が近づくほど、空気そのものが“選ばれた者の場所”みたいな顔になる。

 ああいうの、本当に嫌いだ。


 馬車の揺れの中で、俺はこっそり手のひらを開閉していた。

 無意識の緊張ほぐしだ。


「……珍しいですわね」


 向かいのリリアーヌが言う。


「何が」


「手」


「見てたのか」


「ええ」


「緊張してるだけだよ」


「そう」


 そこで彼女は少しだけ視線を和らげる。


「でしたら、安心しましたわ」


「何で」


「あなたがまったく緊張していない時の方が、ろくでもないことをしがちですもの」


 ひどい。

 でも、一理あるのがつらい。


「リリアーヌは」


「何ですの」


「緊張してないのか」


 問うと、彼女は少しだけ沈黙したあと、正直に答えた。


「していますわよ」


「そう見えない」


「見せないようにしているだけです」


 その答えが、この人らしい。


「怖いですわ」


 彼女は窓の外を見たまま言う。


「今日の場で、全部が変わるわけではない」


「うん」


「でも、何かは確実に動く」


「うん」


「その一手を、こちらから打つ」


 少しだけ声が低くなる。


「だから怖いのです」


 そこまで言って、それでも目は逸らさない。

 やっぱり強い。


「……だったら」


 俺は小さく言う。


「二人で怖がっとけばいいだろ」


 リリアーヌがこちらを見る。


「何ですの、その理屈」


「一人で抱えるよりマシだろ」


「……」


「それに今さら、ここまで来てから“やっぱり無理”ってなる感じでもないし」


「それはそうですわね」


「だったら行くしかない」


 しばらくして、彼女はほんの少しだけ笑った。


「ええ」


 そして、静かに言う。


「行きますわ」


 馬車はやがて、王宮の門へ辿り着く。


 白と黒を塗り分けてきた場所。

 笑顔の形をした秩序が、静かに人を選り分ける場所。

 その前へ、俺たちはついに立つ。


 反撃の舞台は、もう始まっていた。

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