↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
廃嫡錬金術師の魔石国家  作者: 阿鼻恭介
第七章 魔石戦争

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
35/36

第35話 巨大結晶竜

この作品は完結まで7日間で1日5〜6話投稿します。

最終日(7/26)5話目です。

 高速馬の蹄が、土を激しく蹴り上げていた。


 レオンハルトは身を低くし、森の細道を駆け抜ける。


 そのすぐ後ろを、クラウスが結晶盾を背負って追っていた。


 軍務院の護衛騎士二人も同行しているが、不慣れな山道では少しずつ距離が開いている。


「レオンハルト様、速度を落としてください!」


「ですが、塔の限界まで二刻もありません!」


「馬を潰せば、そこで終わりです!」


 クラウスの叱責に、レオンハルトは奥歯を噛んだ。


 分かっている。


 焦りに任せて走らせ続ければ、馬が先に倒れる。


 魔力蓄電塔が暴走すれば、塔だけでは済まない。


 町へ張り巡らされた供給線を通じ、魔力灯や通信結晶、冷却設備、防衛結界へ過剰な魔力が流れ込む。


 各施設で個別遮断を進めていても、塔の中核そのものが破裂すれば、周辺一帯が魔力爆発へ巻き込まれる。


「次の中継所で最後の乗り換えです」


 先導する管理人が振り返った。


「あそこから領都までは、古い鉱石運搬道を使います。馬車では通れませんが、騎馬なら一刻も掛かりません」


 森の先に、小さな厩舎が見えた。


 すでに鞍を付けた替え馬が用意されている。


 通信を受けた中継所の者たちが、レオンハルトたちの到着を待っていた。


「領内の状況は?」


 馬から降りるなり、レオンハルトが尋ねる。


「西側の私兵は、ヴォルフガング殿が町の外縁で止めています。地下へ入った部隊は、地竜様が退けました」


「ヴィルヘルミーネは?」


「塔の制御室で、暴走を抑えています。町側の設備は順次切り離され、限界までの時間は半刻ほど延びたとのことです」


「死者は?」


「確認されていません。ただ、負傷者は出ています」


 レオンハルトは僅かに息を吐いた。


 まだ間に合う。


 皆がつないでくれた時間を、無駄にはできない。


「クラウスさん」


「いつでも出られます」


 クラウスは新しい馬へ飛び乗った。


「今度こそ、最後まで走ります」


 管理人は鉱石運搬道の入口まで案内すると、後続の連絡役を務めるため中継所へ引き返した。


 レオンハルトとクラウス、軍務院の護衛騎士二人は、細い山道へ入った。


          ◇


 魔力蓄電塔の内部では、赤い光が脈打っていた。


 壁へ埋め込まれた導力線が、過剰な魔力を受けて不規則に明滅している。


 ヴィルヘルミーネは制御室前で、ひび割れた防護結界を維持していた。


 右腕の感覚は、すでにほとんどない。


 それでも、魔力制御結晶から手を離さなかった。


 制御盤へ組み込まれた四つの補助結晶が、彼女の魔力を別々の流れへ分けている。


 一つを防護結界へ。


 一つを中核結晶の冷却へ。


 一つを倒れた警備兵たちの防護へ。


 残りを、僅かに開いている緊急排出路へ送る。


「まだ耐えるのか」


 ヴォルフラムが杖を振るった。


 黒い雷が青白い結界へ衝突する。


 表面へ新たな亀裂が走り、ヴィルヘルミーネの身体が後方へ滑った。


「お前一人で押さえ続ければ、先に魔力経路が焼き切れるぞ」


「それでも……あなたに渡すよりはましです」


「災厄と呼ばれた娘が、町を守るために自分を壊すのか」


 ヴォルフラムは嘲るように笑う。


「実に美しい話だ」


 ヴィルヘルミーネは顔を上げた。


「私は、もう災厄ではありません」


 魔力制御結晶が強く輝く。


「ここで、自分の力を使う方法を教えてもらいました」


「ならば、その力ごと折ってやる」


 ヴォルフラムの杖の周囲へ、四つの魔力が集まった。


 炎。


 氷。


 雷。


 風。


 本来なら反発する属性を、黒い術式で無理やり束ねた複合魔法。


 塔の内部で放てば、制御室だけではなく、中核結晶そのものを傷つける。


 本来の目的は塔の中核を奪うことだった。


 だが、思いどおりに屈しないヴィルヘルミーネを前に、ヴォルフラムは命令よりも自分の優位を証明することを優先し始めていた。


 ヴィルヘルミーネは残された魔力を結界へ集めた。


          ◇


 町の西側では、防衛結界が大きく揺れていた。


「西門前の出力を落とせ!」


 ヴォルフガングの命令に、防衛隊の副隊長が目を見開く。


「結界が破られます!」


「破らせる」


「町へ入られます!」


「敵を広く散らしたまま戦うほうが危険だ。入れる場所を、こちらで選ぶ」


 西門の内側は、すでに住民の避難を終えた外縁区画だった。


 倉庫と資材置き場が並び、居住家屋はほとんどない。


 結晶盾隊が左右の建物へ分かれて待機し、後方には第二防衛線用の結晶杭が埋め込まれている。


「弓隊は射撃口が開くまで待て。降伏した者は攻撃するな」


 ヴォルフガングは兵士たちを見回した。


「我々の目的は、敵を殺すことではない。住民へ近づけないことだ」


「はい!」


 西門前の光壁が薄くなる。


 私兵たちは、それを防衛側の限界だと思った。


「今だ! 押し込め!」


 大型盾と組み立て式の破城具を前へ出し、狭い門へ殺到する。


 結界が砕けた。


 先頭部隊が門内へなだれ込む。


「閉じろ!」


 ヴォルフガングの号令と同時に、後方の結晶杭が起動した。


 低い結晶壁が立ち上がり、退路を塞ぐ。


 左右の建物から結晶盾隊が現れ、通路を挟み込んだ。


「囲まれたぞ!」


「壁を壊せ!」


「弓隊、武器と足元を狙え!」


 矢が降り注ぐ。


 盾の革紐。


 弓を持つ手元。


 破城具の車輪。


 敵兵そのものではなく、戦うための道具が狙われていた。


 結晶槍の穂先が盾の隙間から突き出される。


「武器を捨てろ!」


 私兵たちの足が止まった。


 その中央で、隊長のハインリヒ・ファルケンは塔を見上げていた。


 空へ噴き上がる赤い魔力光は、さらに太くなっている。


 部下たちも不安そうに空を見ていた。


「隊長、あれは本当に制御されているのですか」


「閣下は塔を奪うと言ったはずだ」


 ハインリヒは自分へ言い聞かせるように答える。


 だが、その声には確信がなかった。


 コンラートから受けた命令では、工房と塔を制圧し、技術者を連れ去るはずだった。


 町も、部下たちも、まとめて吹き飛ばす計画ではない。


          ◇


 地下では、ジークリンデが塔の基礎へ爪を添えていた。


 過剰な魔力が、地脈へ押し込まれようとしている。


 そのまま深部へ流せば、母の残した卵だけでなく、周辺の岩盤まで傷つく。


 ジークリンデは地竜の身体を通し、魔力を細い流れへ分けた。


 地中の安定した空洞へ向け、いくつもの逃がし道を作る。


 一か所へ集まらないよう、広い範囲へ分散させていく。


 鱗の隙間から赤い光が漏れた。


「熱い……」


『リンデ、もう離れろ!』


 通信結晶から、オットーの声が響く。


「離れたら、下が壊れる」


『お前まで倒れたら意味がない!』


「まだ倒れない」


 ジークリンデは爪へ力を込めた。


「ここは、レオンの群れの巣」


 そして、小さく付け加える。


「リンデの巣でもある」


 地脈へ流れ込む魔力が、さらに細かな流れへ分かれていった。


          ◇


 日が傾き始めた頃。


 レオンハルトたちは鉱石運搬道を抜け、町を見下ろす丘へ出た。


 空が赤い。


 魔力蓄電塔の頂部から、稲妻のような光が幾筋も走っている。


「あれが、暴走寸前の魔力ですか」


 護衛騎士が息を呑んだ。


「はい」


 レオンハルトには、もっと細かく見えていた。


 中継所で聞いた各所の報告と、遠くから見える魔力線の状態を重ね合わせる。


 町へ向かう流れは、アーデルハイトの指示で多くが切られている。


 地下へ落ちる流れは、ジークリンデが分散している。


 塔内部では、ヴィルヘルミーネが冷却と排出を続けている。


 工房側の線は、グレーテルが設備ごと封鎖していた。


 誰か一人でも手を離していれば、すでに塔は破裂していた。


「皆が、まだ押さえてくれています」


 レオンハルトは丘を下る道へ馬を向けた。


「クラウスさん、塔へ直接向かいます」


「承知しました」


 軍務院の護衛騎士二人には、西門へ向かい、侵攻の現認と負傷者の救護を手伝ってもらうことにした。


 王都側の第三者として、襲撃の状況を記録してもらうためでもある。


 レオンハルトとクラウスは、二人だけで塔へ駆けた。


          ◇


 ヴォルフラムの複合魔法が完成した。


「終わりだ」


 炎と氷、雷と風が、黒い球体の内部で荒れ狂う。


 ヴィルヘルミーネの結界では、受け止め切れない。


 ヴォルフラムが杖を振り下ろそうとした、そのときだった。


 塔の外壁に、透明な結晶が生まれる。


 地面から伸びた結晶柱が、外壁の補修用足場へ沿って上昇した。


 ひび割れていた箇所を補強しながら、制御室前へ通じる足場を作る。


「何だ?」


 結晶の足場を二人の男が駆け上がる。


「ヴィルヘルミーネ!」


 その声に、ヴィルヘルミーネが振り返った。


「レオン!」


 レオンハルトが塔へ飛び込む。


 その前へ、クラウスが結晶盾を構えて立った。


「レオンハルト様には、近づかせません」


「間に合ったか」


 ヴォルフラムが目を細める。


「間に合わせてもらいました」


 レオンハルトは、傷ついたヴィルヘルミーネと警備兵たちを見る。


「皆が、ここを守ってくれたからです」


「ならば、その努力ごと消し飛ばしてやる!」


 複合魔法が放たれた。


「クラウスさん!」


「お任せください!」


 クラウスが結晶盾を前へ出す。


 炎と雷が盾へぶつかり、表面へ亀裂を走らせる。


 冷気が盾の半分を白く凍らせた。


 風圧でクラウスの身体が押し戻され、靴底が床へ深い跡を残す。


 それでも盾を下ろさない。


「今です!」


 レオンハルトが両手を前へ向けた。


 《結晶創造》。


 ヴィルヘルミーネと続けてきた複合魔力の研究を思い出す。


 属性ごとの流れ。


 反発を抑える結合部分。


 全体を維持する術式。


 クラウスが受け止めている僅かな時間の中で、構造を読み切る。


「結合部分を分離します」


 黒い術式だけが、細い結晶へ変わった。


 支えを失った魔法が四つへ分かれる。


 炎は赤い結晶。


 冷気は青い結晶。


 雷は黄色い結晶。


 風は透明な結晶。


 色とりどりの結晶が、制御室の中へ浮かんだ。


「魔法を……結晶にしたのか」


「はい」


 レオンハルトは結晶の流れを変える。


 赤い結晶は、幼い頃に作った蓄熱石と同じ原理で、過熱した導力線の熱を受け止める。


 青い結晶は、中核結晶の冷却を助ける。


 透明な結晶は、塔内部の余剰魔力を上空へ逃がす。


 黄色い結晶は導力線へ接続され、壊れた制御盤の代わりに魔力を複数の細い経路へ分けた。


「私の魔法を、塔の部品へ変えたのか!」


「人を傷つける以外にも使えます」


「ふざけるな!」


 ヴォルフラムが魔法を連続して放つ。


 火球。


 氷槍。


 雷撃。


 風刃。


 レオンハルトは、すべてを一度に変えようとはしなかった。


 クラウスが盾で進路を限定する。


 ヴィルヘルミーネが魔力の流れを遅らせる。


 その間に、レオンハルトが一つずつ構造を読み、攻撃魔法を結晶へ変える。


 塔を壊すための力が、逆流を抑える部品へ変わっていった。


「もうやめてください」


「黙れ!」


 ヴォルフラムは塔の中核へ黒い術式を伸ばす。


 蓄えられた無属性魔力を強引に引き上げた。


「ならば、この町ごと消してやる!」


 塔の上空へ、巨大な魔法陣が広がる。


 炎の渦。


 氷の柱。


 雷雲。


 暴風。


 さらに、塔から奪った無属性魔力が加わる。


 ヴォルフラムの杖に埋め込まれた属性変換石が、無属性魔力を四属性へ変えていた。


 町全体を覆うほどの殲滅魔法だった。


「レオン!」


 ヴィルヘルミーネが叫ぶ。


「魔法陣が中核へ直結しています! 無理に壊せば、塔も爆発します!」


 形成途中で術式を破壊できなかった理由だった。


 中核結晶から切り離す前に壊せば、行き場を失った魔力が塔内部へ戻ってくる。


 小さな結晶へ分けても、無数の高密度結晶が町へ降り注ぐ。


 一つへ集めれば、内部圧力に耐え切れず破裂する。


 レオンハルトは空を覆う魔力を見上げた。


 そして、地下から伝わる地脈の流れを感じる。


 ジークリンデが全身で魔力を巡らせる構造。


 鉱山の支柱が荷重を分散する形。


 グレーテルが作った塔の骨格。


 ヴィルヘルミーネが教えてくれた、複数の魔力を別々に制御する方法。


「一つの結晶へ閉じ込める必要はありません」


「何をするつもりですか」


「受け止めるための構造を作ります」


 レオンハルトは塔の床へ両手を置いた。


 巨大な骨格を思い描く。


 胸部。


 背骨。


 四肢。


 翼。


 尾。


 ジークリンデの生命そのものを真似るのではない。


 魔力を全身へ循環させる仕組みだけを参考にする。


「竜……」


 ヴィルヘルミーネが呟く。


「はい」


 命を持つ竜ではない。


 魔力を受け止め、循環させ、安全な密度まで下げるための巨大結晶構造。


「《結晶創造》」


 塔の周囲に浮かんでいた結晶が、空へ上がった。


 赤い炎結晶が胸部を形作る。


 青い冷気結晶が背と腹を覆う。


 黄色い雷結晶が角と四肢へ集まる。


 透明な風結晶が巨大な翼となる。


 塔へ緊急吸収材と補修資材として備蓄されていた低純度結晶が、全身をつなぐ骨格へ変わった。


 殲滅魔法の魔力が、結晶の身体へ吸い込まれていく。


 炎。


 氷。


 雷。


 風。


 無属性魔力。


 互いにぶつからないよう別々の経路を流れ、翼と尾から少しずつ空へ放出される。


 やがて、町の上空に巨大な結晶竜が現れた。


 透明な身体の内部で、四色の光が脈打っている。


 ジークリンデとは違う。


 命を持つ竜ではない。


 レオンハルトの意思と塔の制御式によって動く、巨大な魔力循環装置だった。


 眼部の制御結晶へ光が灯る。


 結晶竜が翼を広げた。


          ◇


 町の外にいた私兵たちが、一斉に空を見上げた。


「竜……」


「魔石でできているぞ」


 あれほど巨大な存在が炎や雷を放てば、逃げることなどできない。


「全隊、防御!」


 ハインリヒの命令で、私兵たちが盾を構えた。


 結晶竜が翼を打つ。


 放たれたのは、攻撃ではなかった。


 薄い魔力の波が、戦場へ広がる。


 レオンハルトは結晶竜へ、対象を選別する判別式を組み込んでいた。


 刃。


 攻撃用魔力回路。


 爆発属性。


 戦闘用に強化された金属。


 それらにだけ反応し、人の身体や生活用品は避ける。


 剣の刃が透明な結晶膜に覆われる。


 槍の穂先が固定される。


 弓の金具と弦留めが結晶化する。


 盾は手から落とせるよう縁だけが固まり、鎧は身体を締め付けないよう留め具を開いた状態で固定された。


 爆破魔石と攻撃魔道具は、内部の魔力回路だけが結晶化して沈黙する。


「剣が使えない!」


「魔道具が動かない!」


 兵士たちの身体には何も起きていない。


 武器を握ったまま拘束される者もいない。


 ただ、戦うための道具だけが使えなくなっていた。


 ヴォルフガングは空を見上げ、僅かに口元を緩める。


「やはり、そうするか」


 防衛隊へ武器を下ろすよう命じた。


「追撃するな! 武器を失い、抵抗をやめた者へ刃を向けるな!」


 ハインリヒは、自分の剣が透明な結晶膜に覆われるのを見た。


 剣を地面へ置く。


 あの竜なら、自分たちを焼き払うこともできた。


 だが、武器だけを奪った。


「隊長……」


「どうしますか」


 ハインリヒは、塔から溢れる赤い光を見た。


 コンラートは、塔を奪うと言った。


 しかし、ヴォルフラムは自分たちまで巻き込み、町ごと破壊しようとした。


「全員、抵抗をやめろ」


「ですが、侯爵閣下の命令が――」


「部下を捨てる命令へ従うつもりはない」


 ハインリヒは兜を地面へ置き、両手を上げた。


「降伏する!」


 周囲の兵士たちも、一人ずつ武器を置いていった。


          ◇


 塔の内部で、ヴォルフラムが後ずさる。


「あり得ない……」


 自ら作り上げた殲滅魔法は、結晶竜の内部を巡り、空へ薄い光となって放出されている。


「なぜ壊れない!」


「閉じ込めているのではありません」


 レオンハルトは答えた。


「全身へ巡らせ、耐えられる量ずつ外へ逃がしています」


「そんな構造を、一人で維持できるはずがない!」


「一人ではありません」


 ヴィルヘルミーネが制御した魔力。


 ジークリンデが守った地脈。


 グレーテルが作った塔の骨格。


 アーデルハイトが切り離した供給線。


 仲間たちが守った工房と設備。


「皆がつないでくれたものを、形にしただけです」


「黙れ!」


 ヴォルフラムが最後の雷撃を放とうとした。


 クラウスが結晶盾を構える。


 盾はすでに亀裂だらけだった。


「終わりです」


 レオンハルトが指先を向けた。


 雷撃が形成される前に、ヴォルフラムの杖と手首の魔力補助具だけが透明な結晶膜に覆われる。


 魔力回路が閉じ、光が消えた。


「私を結晶にすればよいだろう!」


 ヴォルフラムが叫ぶ。


「しません」


「なぜだ!」


「人の生命や身体を結晶へ変える力は使わないと決めています」


「甘い。そんな考えで国を守れるものか」


「だから、人を殺す以外の方法を作ります」


 クラウスがヴォルフラムの腕を取り、床へ押さえた。


「抵抗をやめろ」


 武器と魔道具を失ったヴォルフラムに、抗う力は残っていなかった。


          ◇


 魔力蓄電塔の中核は、まだ赤く光っていた。


 だが、制御盤の針は限界線から少しずつ下がっている。


 結晶竜が塔の上空を旋回し、余剰魔力を翼から光の粒へ変えて放出していた。


 町の魔力灯が、一つずつ安定した明るさを取り戻す。


「止まりました……」


 ヴィルヘルミーネの膝から力が抜けた。


 レオンハルトが身体を支える。


「ありがとうございます」


「それは、こちらの言葉です」


「私は時間を稼いだだけです」


「その時間がなければ、戻れませんでした」


 ヴィルヘルミーネは窓の外を飛ぶ結晶竜を見る。


「綺麗ですね」


「余剰魔力が安全値まで下がれば、自動的に分解されます」


「残さないのですか」


「これほど大きな力を、そのまま置いておくほうが危険です」


 ヴィルヘルミーネは僅かに笑った。


「レオンらしいですね」


 クラウスが、拘束したヴォルフラムを警備兵へ引き渡す。


「外の部隊も降伏を始めています」


「敵味方を分けず、負傷者の救護を優先してください」


「承知しました」


          ◇


 西門前で、ハインリヒ・ファルケンはレオンハルトと向き合った。


 周囲では、降伏した私兵たちが防衛隊から水と治療を受けている。


「なぜ、俺たちを殺さなかった」


「必要がなかったからです」


「俺たちは、あなたの町を襲った」


「裁きは受けてもらいます」


 レオンハルトは静かに答える。


「ですが、戦えなくなり、降伏した人を殺す理由にはなりません」


 ハインリヒは空を見上げた。


「あの力なら、全員を消せたはずだ」


「できることと、してよいことは違います」


 その言葉を聞き、ハインリヒは長く沈黙した。


「侯爵閣下から受けた命令は、工房と塔の占拠だった。技術者は生かして捕らえろとも書かれていた」


 封書の内容を思い出すように、ゆっくりと言葉を続ける。


「失敗した場合は、記録と設備を破壊し、証拠を残さず撤退しろとも」


「命令書があるのですか」


「ある」


 ハインリヒは鎧の内側から、油紙に包んだ封書を取り出した。


 だが、レオンハルトは手を伸ばさなかった。


「そのまま持っていてください」


「何?」


「証拠品へ触れる者を増やしたくありません」


 ゼバスティアンが立会人二名と、厚手の手袋、保全袋を持ってきた。


 ハインリヒ自身に封書を机上の白布へ置かせる。


 封蝋。


 署名。


 紙質。


 命令番号。


 油紙の状態。


 すべてを開封前に記録した。


 さらに、軍務院の護衛騎士にも確認してもらう。


 王都側の第三者が、領地へ到着した時点の状態を証言できるようにするためだった。


「これを渡せば、俺も部下も侯爵家へ戻れない」


 ハインリヒが言った。


「罪を免除する約束はできません」


「分かっている」


「ただし、降伏後の安全は保証します。誰からどのような命令を受けたか、自ら戦闘を止めたことも、すべて記録へ残します」


 ハインリヒは、治療を受ける部下たちを見た。


 コンラートは塔が暴走しても、撤退命令を送らなかった。


 ヴォルフラムも、兵士が巻き込まれることを気にしていなかった。


「先に俺たちを捨てたのは、侯爵だ」


 静かに頷く。


「すべて話す」


 封書は新しい保全袋へ収められ、その場で封印された。


 正式な開封は、王国法務院の立会いのもとで行うことになった。


          ◇


 夜が訪れる頃。


 巨大結晶竜の身体が、少しずつ光の粒へ変わり始めた。


 余剰魔力が安全値まで下がり、制御式が自動分解を始めたのだ。


 役目を終えた結晶は危険な魔力を失い、小さな透明石となって塔の周囲へ降り注ぐ。


 避難所の窓から、子供たちがその光を見上げていた。


 兵士も。


 職人も。


 鉱夫も。


 降伏した私兵たちも。


 誰も言葉を発しなかった。


 魔力蓄電塔の前で、レオンハルトは町を見渡した。


 焼けた資材置き場。


 ひび割れた結界杭。


 傷ついた建物。


 救護を受ける兵士たち。


 それでも、住民は生きている。


 工房も残った。


 記録も守られた。


 塔もまだ立っている。


 アーデルハイトが隣へ来た。


「おかえりなさい」


「戻るのが遅くなりました」


「いいえ」


 彼女は町へ目を向ける。


「間に合いました」


「皆が守ってくれたのですね」


「あなたがいなくても、この土地は止まりませんでした」


 アーデルハイトはレオンハルトを見る。


「ここは、レオン一人の土地ではありませんから」


 レオンハルトはゆっくりと頷いた。


 空に残っていた最後の結晶が、静かに消える。


 巨大結晶竜はもういない。


 だが、人を傷つけずに町を守った光景は、そこにいた者たちの記憶へ残った。


 偽装された魔石。


 改竄された製造記録。


 工房襲撃。


 そして、シュヴァルツベルク侯爵家から私兵へ渡された封印書。


 散らばっていた証拠が、一つの線へつながり始めている。


 レオンハルトは王都の方角へ目を向けた。


 次に向かうときは、魔導砲事故の証人としてだけではない。


 この土地を襲い、現場の人間を切り捨てた者たちの責任を明らかにするために。


「次は、王都で終わらせます」


 その声は静かだった。


 だが、迷いはなかった。

お読みいただきありがとうございます。

ブックマークや評価をいただけると励みになります。

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。