第33話 魔導砲爆発
この作品は完結まで7日間で1日5〜6話投稿します。
最終日(7/26)3話目です。
王国軍第三演習場は、王都から馬車で半日ほど離れた平原にあった。
周囲には低い丘が連なり、その中央だけが広く切り開かれている。
歩兵訓練。
騎兵突撃。
攻撃魔法の試射。
大型魔道具の運用。
王国軍が新しい兵器や装備を試すための場所だった。
その日の演習では、改良型魔導砲三門の連続射撃試験が予定されていた。
従来型より冷却装置を大型化し、二射目までの待機時間を短くした試作砲である。
三門の性能差を比較するため、動力魔石には同じ納入ロットから選ばれた火属性魔石が使われていた。
納入元は、ベルクシュタイン伯爵家。
鮮やかな赤色。
規格どおりの重量。
表面に目立つ亀裂はない。
短時間の出力検査でも、軍の基準を僅かに上回っていた。
魔導砲は、砲身の根元へ高純度魔石を組み込み、術者から送られる魔力と、魔石内部に蓄えられた力を合わせて魔法弾を放つ兵器である。
射程と威力に優れる反面、内部へ流れる魔力は非常に大きい。
魔石。
導力線。
砲身。
冷却装置。
固定具。
どこか一つでも異常を起こせば、行き場を失った力が内部へ逆流する。
「第一砲、準備完了!」
「第二砲、導力線異常なし!」
「第三砲、動力魔石固定!」
兵士たちの声が、演習場へ響く。
見学台には、軍務院の役人と数名の貴族が並んでいた。
その中には、シュヴァルツベルク侯爵家と関係の深い軍需商会の代表もいる。
「第一射、放て!」
指揮官の号令が飛んだ。
三門の魔導砲から、ほとんど同時に赤い光弾が放たれる。
遠方へ設置された三つの標的が砕けた。
見学台から歓声が上がる。
「威力は十分ですな」
軍務院の役人が満足そうに頷いた。
「ベルクシュタイン家も、鉱山崩落による損失から立ち直りつつあるようだ」
軍需商会の代表は、穏やかな笑みを崩さなかった。
「ディートリヒ様が、新たな加工法を確立されました」
その言葉は、完全な嘘ではない。
新しい加工法は確かに存在していた。
ただし、低純度魔石を高純度化する技術ではない。
粗悪な魔石を、高純度品に見せかけるための加工だった。
「第二射の準備へ移れ!」
砲兵たちが魔力を再充填する。
第一砲は問題なく動いていた。
第二砲も、導力線が僅かに熱を帯びているだけだ。
第三砲の担当技師だけが、動力部を見つめていた。
「お待ちください」
「どうした」
「第三砲の出力が落ちています」
「どの程度だ」
「初射より一割ほどです」
「規定の許容範囲内だ」
「ですが、魔石の表面温度が上昇を続けています」
担当技師は冷却装置の計器を確かめた。
「冷却水の流れは正常です。この上昇は、砲側の発熱ではありません」
「再測定しろ」
「再測定しても同じです。射撃を停止し、動力部を開けるべきです」
現行の運用規則では、技師に異常報告の権限はあっても、射撃そのものを中止する権限はなかった。
停止を命じられるのは、演習指揮官だけである。
指揮官は見学台へ視線を向けた。
軍務院の役人。
貴族。
軍需商会。
改良型魔導砲の成果を待つ者たち。
「第二射を優先する」
「しかし――」
「実戦では、僅かな出力低下で射撃を止められん」
「表面温度が安全値を超えます!」
「第二射後に分解点検を行う。持ち場へ戻れ」
担当技師は歯を食いしばった。
命令へ逆らって動力部を開ければ、軍規違反になる。
それでも、計器から目を離せなかった。
「第二射、放て!」
三門が再び光る。
第一砲と第二砲から、魔法弾が飛び出した。
第三砲だけが、一瞬遅れた。
砲身の根元で、赤い光が激しく揺れる。
「停止してください!」
担当技師が叫び、緊急遮断杖へ手を伸ばした。
だが、遅かった。
魔石の表層へ集中していた魔力が、二度目の高出力に耐えられず、内部へ逆流する。
黒い不純物へ魔力が衝突した。
内部に隠されていた亀裂が、一気に広がる。
表面を覆う透明な錬金膜が剥がれ、その下へ染み込ませていた赤い薬剤が熱を持った。
次の瞬間。
第三砲が、内側から爆発した。
◇
轟音が平原を揺らした。
砲身が跳ね上がり、鉄片が周囲へ飛び散る。
衝撃で、近くの兵士たちが地面へ叩きつけられた。
熱風が見学台まで届き、貴族たちが悲鳴を上げる。
「救護班!」
「残りの砲を停止しろ!」
「動力魔石には触れるな!」
演習場は、一瞬で混乱へ変わった。
爆発した第三砲の周囲には、兵士と技師が倒れている。
最も近くにいた二人は鎧の一部が焼け、一人は砲身の破片を脚へ受けていた。
担当技師は顔と腕へ火傷を負いながらも、動力部を指差した。
「魔石を……保全してください」
「動くな!」
「粉と、破片を……踏まないでください。原因が、消えます」
救護兵が彼の肩を押さえる。
「命のほうが先だ!」
救護班が負傷者を運び始める一方、軍の技師長は周囲の兵士へ命じた。
「砲の周囲を封鎖しろ! 風下へ人を立たせるな!」
赤い粉が、砲尾から煙とともに舞っている。
兵士たちは濡らした厚布を風上側へ張り、粉が遠くへ飛ばないようにした。
現場へ入った者の名前も、その場で記録される。
粉末、魔石片、剥がれた膜は、金属製の容器へ分けて回収された。
残った破片の位置には番号札が置かれる。
技師長は、厚手の布越しに大きな魔石片を拾い上げた。
表面近くは鮮やかな赤色をしている。
だが、割れた内部は黒く濁り、灰色の筋が幾重にも走っていた。
「高純度品には見えない」
「爆発の熱で変質したのでしょう」
軍需商会の代表が、表情を変えずに言った。
「火属性魔石なら、内部が焼けることもあります」
「未使用品と比較するまで断定はできん」
技師長は破片を容器へ入れ、封印を施した。
「現場を保存する。許可なく何も動かすな」
演習は即時中止となった。
三門すべての魔導砲と、残っている同一納入分の魔石が押収される。
死者こそ出なかった。
だが、重傷者は六人。
軽傷者は十八人に及んだ。
◇
爆発が起きた翌日、王都のアーベントロート公爵家へ事故報告が届いた。
公爵家は、ヴィルヘルミーネへ試験用として渡していた通信結晶と対になる中継器を、王都の屋敷に保管している。
ただし、王都と廃鉱山の管理屋敷を直接結べるほど通信距離は長くない。
王都から公爵家の領内中継所へ伝え、そこからローゼンフェルト子爵家の屋敷へ送り、最後に領内通信網を使って管理屋敷へ伝える。
複数の中継を経たため、レオンハルトたちが事故を知ったのは翌日の夕方だった。
「王国軍の演習で、改良型魔導砲が爆発しました」
通信結晶から、アーベントロート公爵家の使者の声が聞こえる。
管理屋敷の会議室には、レオンハルト、アーデルハイト、ヴィルヘルミーネ、ゼバスティアン、グレーテル、ヴォルフガング、クラウス、エルザが集まっていた。
「負傷者は?」
レオンハルトがすぐに尋ねる。
「重傷六名、軽傷十八名。現時点で死者はいません」
会議室の空気が僅かに緩んだ。
だが、安心できる状況ではない。
「使用されていた動力魔石は?」
ヴィルヘルミーネが尋ねた。
「ベルクシュタイン伯爵家から納められた、高純度火属性魔石です」
誰も、すぐには言葉を発しなかった。
ベルクシュタイン伯爵家から届いた強引な供給要求。
市場価格を無視した安値。
短すぎる納期。
王国軍の各部隊で続いていた小さな故障。
すべてが、一つにつながり始めていた。
「事故調査は、軍務院が行うのですか」
アーデルハイトが尋ねる。
「軍務院と王立魔道具院が共同で行います。納入商会にも、資料提出と立ち会いを求める予定です」
「調査員としてではなく、納入側として立ち会わせるのですね」
「はい。公爵閣下が、利害関係者を調査主体へ加えるべきではないと申し入れました」
ヴィルヘルミーネが頷く。
「それで、レオンを?」
「公爵閣下は、レオンハルト様を外部技術協力者として推薦するお考えです」
レオンハルトが僅かに目を見開く。
「私には、ベルクシュタイン家との利害関係があります」
「当然、反対は出るでしょう」
ヴィルヘルミーネが言った。
「だからこそ、あなた一人の判断にしなければよいのです」
「フェルミナ工房で行っている検査方法を、そのまま使えます」
エルザが記録帳を開いた。
「検査前の状態、封印番号、使用する器具、作業者、立会人、分離前後の重さを、すべて記録します」
工房で不具合品を調べる際、エルザが整えた方法だった。
一人の記憶や判断へ頼らず、誰が見ても同じ順序を追えるようにする。
「証拠品の主要部分は手を加えずに保存します」
レオンハルトも続ける。
「分析には一部を切り分けた試料だけを使います。未使用品を割る場合も、私ではなく王立魔道具院の技師に行ってもらいます」
「比較用の正常品も必要です」
ヴィルヘルミーネが言った。
「同じ火属性、同程度の大きさと出力を持つ、別の鉱山産の正規品を用意してもらいましょう」
「行くつもりか」
ヴォルフガングが尋ねる。
「はい」
「ベルクシュタイン家は妨害するぞ」
「分かっています」
「調査現場そのものも危険だ」
「クラウスさんに、護衛をお願いできますか」
「もちろんです」
クラウスは即答した。
「演習場まで同行します」
「私も行きます」
ヴィルヘルミーネが言った。
「魔力の流れを確認するには、魔法理論の側から見る者が必要です」
「砲身と導力線は、あたしが見る」
グレーテルが腕を組む。
「偽魔石だと決めつけて行くな。砲の作りが悪けりゃ、そっちも全部洗う」
「書類と封印の確認には、私も同行いたします」
ゼバスティアンが言った。
「アーデルハイト様の正式な代理人として、調査条件が守られているか確認いたします」
「エルザには、試験記録係として同行してもらいます」
アーデルハイトが告げる。
「ただし、調査終了後は原本とともに領地へ戻ってください」
「はい」
「演習場へ向かうのは、この六名と護衛二名です」
アーデルハイトは名簿へ書き込んだ。
レオンハルト。
ヴィルヘルミーネ。
グレーテル。
クラウス。
ゼバスティアン。
エルザ。
「必要な役割だけに絞ります。ヴォルフガング殿には領地へ残っていただきます」
「分かった」
ヴォルフガングは頷いた。
「こちらの警備は任せろ」
「調査へ参加する条件は、証拠品の封印、複数の立会人、記録の複写、作業前後の重量確認です」
アーデルハイトが言う。
「条件を拒まれた場合は、調査へ参加しません」
「それでは原因が――」
「証拠を自由に扱えない調査へ参加すれば、レオンの名前だけが利用されます」
レオンハルトは少し考え、頷いた。
「分かりました」
◇
三日後。
レオンハルトたちは、王国軍第三演習場へ到着した。
爆発現場には大きな防護天幕が張られ、風雨を防ぐ結界が展開されている。
粉末や破片は、回収位置を記した図とともに封印容器へ保管されていた。
爆発した魔導砲も、主要部を動かさず保存されている。
砲身は根元から裂け、後方部分が大きく外へめくれていた。
「内側から押し広げられています」
レオンハルトは、封鎖線の外から砲身を観察した。
「外部から攻撃を受けた破損ではありません」
「砲尾で圧力が急に上がった形だ」
グレーテルが変形した鉄を確認する。
「砲口が詰まったなら、前側にももっと歪みが出る。最初の異常は、砲身そのものじゃない」
「導力線は?」
ヴィルヘルミーネが尋ねる。
「一部は焼けていますが、断線したのは爆発後と見られます」
王立魔道具院の技師長が答えた。
「冷却装置と固定具も、記録上は規定内です」
調査には、軍務院の役人二名。
王立魔道具院の技師四名。
王国軍の砲兵責任者。
ベルクシュタイン家の代理人。
納入商会の代表。
そして、レオンハルトたちが立ち会っている。
「まず、封印を確認します」
エルザが王立魔道具院の記録官と並び、証拠品の番号を読み上げた。
割れた魔石片。
砲身内部から回収された赤い粉。
剥がれた透明膜。
未使用の同一納入分の魔石五個。
事故直前の出力記録。
担当技師の異常報告書。
同じ納入元の魔石を使った加熱具、照明具、結界杭の故障記録。
双方の記録係が別々の用紙へ記入し、最後に内容を照合する。
「メイドが国家調査の記録を取るのですか」
ベルクシュタイン家の代理人が言った。
「フェルミナ魔石工房の試験記録係です」
エルザは視線を逸らさなかった。
「工房側の記録を担当します。王立魔道具院の記録官と照合してください」
「方法として問題はない」
技師長が答える。
「むしろ、記録が二組あるほうが改竄を防げる」
証拠確認が終わると、魔石片の調査へ移った。
レオンハルトは厚手の手袋と口元を覆う布を身につける。
主要な破片は封印容器へ残し、端から切り出された小さな分析用試料だけが白い石板へ置かれた。
「表面と内部で色が違います」
軍務院の役人が言った。
表面は赤い。
しかし、割れた内部は黒く濁っている。
「爆発熱による変色の可能性があります」
納入商会の代表が静かに言った。
「では、未使用品と比較します」
未使用品の一本が、遮蔽箱へ入れられる。
ヴィルヘルミーネが箱の周囲へ防護結界を張った。
王立魔道具院の技師が、内部の魔力を安全値まで放出させたあと、遠隔器具で魔石を割る。
箱の内側へ、赤い破片が散った。
事故品と同じだった。
表面だけが鮮やかな赤色をしている。
その内側には、濁った結晶と黒い不純物が残っていた。
「未使用品も同じ構造です」
エルザが記録する。
「爆発による変色ではありません」
比較用として用意された他鉱山産の正規品も割られた。
内部まで均一な赤色を持ち、不純物も少ない。
違いは、肉眼でも明らかだった。
「分析試料へ《結晶創造》を使います」
レオンハルトが告げる。
「主要証拠には触れません。作業前の重量を確認してください」
エルザと王立魔道具院の記録官が、同じ数値を読み上げた。
立会人全員の承認を得てから、レオンハルトは試料へ力を流す。
魔力の流れが、細い光の筋として浮かんだ。
内部の流れは均一ではない。
表面近くにだけ、不自然な高密度層がある。
「この赤色は、結晶本来の色ではありません」
「何だと」
「細かな亀裂へ、別の物質を染み込ませています」
レオンハルトが慎重に成分を分離する。
赤い色素を含んだ薄い層が浮かび上がり、その下から灰赤色の結晶が現れた。
「人工着色です」
王立魔道具院の技師たちがざわめく。
「表面には、透明な錬金膜があります」
膜の欠片だけを隔離容器へ移し、ヴィルヘルミーネが規定値を大きく下回る微弱な魔力を流した。
薄膜に刻まれた術式だけが、淡く光る。
「保護膜ではありません」
ヴィルヘルミーネが言った。
「内部の魔力を、短時間だけ表面へ引き上げる増幅式です」
「初期出力を高く見せるためのものです」
レオンハルトが続ける。
「ですが、内部の不純物は除去されていません。高い出力を繰り返せば、魔力が不純物へ衝突し、亀裂が広がります」
「受け入れ検査だけを通すための加工か」
技師長の声が低くなる。
「その可能性が高いです」
ベルクシュタイン家の代理人が声を上げた。
「断定するな! 保護目的で加えた術式が、偶然増幅効果を持った可能性もある!」
「それなら、製造者は加工目的と術式を説明できるはずです」
ヴィルヘルミーネが答えた。
「材料記録と加工式を提出してください」
「伯爵家の機密だ」
「王国軍へ納めた品が爆発したあとでもですか」
代理人は答えなかった。
◇
次に、事故直前の魔力変化を調べることになった。
演習場の記録具には、各砲の出力値と表面温度しか残っていない。
初射。
冷却。
第二射準備。
急激な温度上昇。
出力の乱れ。
爆発。
だが、どこから異常が始まったのかは判断できなかった。
「記憶結晶を使います」
レオンハルトは、小さな透明結晶を取り出した。
通信結晶をヴィルヘルミーネと研究する中で、周囲の魔力変化を短時間保存する方法も試していた。
ただし、過去の映像や音声を再現できるものではない。
強い魔力現象が起きた場所に残る、流れの方向と密度だけを読み取る。
痕跡は時間とともに薄れる。
通常の魔道具であれば、一日も経てばほとんど読めない。
今回のような大規模な爆発では、砲身と地面へ強い魔力痕が焼き付いているため、数日後でも一部を読み取れる可能性があった。
「これだけで事故原因を決めることはできません」
レオンハルトは立会人へ説明した。
「物証と一致した部分だけを、補助記録として扱ってください」
「誰が何をしたかまでは分からないのですね」
軍務院の役人が確認する。
「はい。魔力の流れだけです」
使用する記憶結晶の番号。
設置位置。
読み取り範囲。
開始時刻。
立会人。
すべてを記録したあと、レオンハルトは砲尾の三か所へ結晶を置いた。
ヴィルヘルミーネが外部の魔力を遮断する結界を張る。
二人の魔力を合わせ、残留痕を光の筋として視覚化した。
砲身へ向かう流れ。
途中で滞る力。
魔石側へ戻る逆流。
初射では、表層から比較的安定して力が放出されている。
第二射の準備では、表層の魔力が不足し、内部から力が引き出される。
その流れが、複数の不純物の位置で乱れていた。
亀裂があったと推定される場所で、光が枝分かれする。
最後に、導力線から戻った力と魔石内部の乱流が衝突し、大きく膨らんだ。
再現はそこで止まる。
「物証と一致しています」
技師長が言った。
「最初の出力異常は、魔石内部から始まった可能性が高い」
グレーテルも砲身へ目を向ける。
「砲身と導力線は、被害を広げたかもしれねえ。だが、最初の異常は砲側じゃない」
「担当技師の組み立てにも、規定から外れた点は見当たりません」
「では、事故の主原因は」
軍務院の役人がレオンハルトを見る。
「高純度品として納められた、偽装低純度魔石です」
レオンハルトは答えた。
「人工着色。初期検査を通すための増幅膜。内部には除去されていない不純物と亀裂があります」
「ベルクシュタイン家が故意に偽装したのですか」
「魔石が偽装されていたことは確認できます」
レオンハルトは慎重に言葉を選んだ。
「ですが、誰が加工を命じ、誰が知っていたかは、製造記録を調べなければ判断できません」
エルザが、魔石表面に刻まれた納品番号を読み上げる。
「この番号は、上等級鉱脈から採れた魔石として登録されています」
「内部の結晶層は、その鉱脈のものではありません」
レオンハルトが断面を確認した。
ベルクシュタイン鉱山では、鉱脈ごとに結晶層の色、筋、微細な内包物の違いがある。
レオンハルトは幼いころから、それらを記録していた。
「低純度鉱石を多く含む、旧支坑の特徴です」
「表面番号と、実際の採掘場所が一致していない」
軍務院の役人が言う。
「納品台帳、採掘台帳、加工記録の照合が必要です」
ゼバスティアンが、アーデルハイトの代理人として提案した。
ベルクシュタイン家の代理人が立ち上がる。
「伯爵家の帳簿を外部へ見せることはできない!」
「王国軍への納品不正が疑われています」
軍務院の役人が冷たく答えた。
「軍務院から王国法務院へ、証拠保全のための緊急押収許可を申請します。許可が下りるまで、関係帳簿の移動と廃棄を禁じます」
代理人の顔色が変わった。
◇
調査結果がまとまり始めた日の夕方。
演習場へ、ディートリヒとシュヴァルツベルク侯爵家の使者が到着した。
侯爵家の使者は、マティアス・クルーガーと名乗った。
軍需商会との契約を担当する、コンラートの側近の一人である。
「この調査結果は認められない」
ディートリヒは会議用天幕へ入るなり言った。
「兄上は、ベルクシュタイン家へ恨みを持っています」
「分析結果は、王立魔道具院の技師も確認しています」
ヴィルヘルミーネが答えた。
「記録も二組作成されています」
「兄上の《結晶創造》で、魔石を変質させた可能性がある」
天幕内の視線がディートリヒへ集まった。
王立魔道具院の技師長が、眉をひそめる。
「その主張は、レオンハルト殿が証拠品へ触れる前に、我々が確認した状態まで偽造されたという意味ですか」
「能力の全容は、兄上にしか分からない」
「未使用品を割ったのは、王立魔道具院の技師です」
レオンハルトが答えた。
「私が力を使ったのは、切り分けられた分析試料だけです。主要証拠は封印されたまま残っています」
ディートリヒの表情が僅かに歪む。
マティアスが、落ち着いた声で口を挟んだ。
「魔石に問題があったとしても、爆発したのは改良型の魔導砲です。装置側の設計や運用規則にも、原因があったのではありませんか」
「装置側にも改善すべき点はあります」
技師長が答えた。
「技師に緊急停止権限がなかったことは、重大な制度上の問題です」
「ならば、魔石だけを原因とするのは早計でしょう」
「制度上の欠陥と、偽装された魔石は別の問題です」
レオンハルトが言った。
「異常報告を無視した指揮系統は調べるべきです。ですが、それで偽装品を納めた責任は消えません」
「事故調査とは、すべての可能性を検討するものです」
「同意します」
レオンハルトはマティアスを見た。
「だから、魔石の製造記録と加工式も提出してください」
マティアスの微笑みが消えた。
「それはベルクシュタイン家の管理する問題です」
「王国軍へ納めた魔石の問題です」
机の上には、記録の写しが並んでいる。
納品番号と一致しない結晶層。
人工着色。
増幅膜。
不純物と亀裂。
事故前の温度上昇。
技師の異常報告。
過去に続いていた故障。
証拠は、一つではなかった。
「現場の技師は、第二射前に異常を報告しています」
レオンハルトが続ける。
「それでも発射を続けさせた指揮官の責任は調べます。しかし、現場の人間だけへ責任を押しつけることは認めません」
「兄上は、一人の技師を守るために、伯爵家の信用を壊すつもりか」
ディートリヒが言った。
「違います」
「なら、なぜそこまで」
「同じことを繰り返したくないからです」
鉱山崩落。
無視された警告。
正式記録から外された証言。
現場へ押しつけられた責任。
「今回も、異常へ気づいた人がいました」
レオンハルトの声が僅かに震える。
「報告も残っています。それでも事故が起きたあと、また組み立てや扱いが悪かったことにされようとしている」
「軍人は命令に従うものだ」
「命令した側は、結果へ責任を負うものだ」
天幕の奥から、ヴォルフガングの声がした。
彼は演習場の調査には同行していなかった。
だが、技師の停止権限と指揮系統の問題が明らかになったため、軍務院がアーベントロート公爵家を通じ、元将軍である彼へ意見書を求めた。
ヴォルフガングは領地を空けないため、通信結晶を通じて会議へ参加していた。
「異常報告を無視した指揮官も調べる。偽装魔石を納めた者も調べる。どちらか一方の責任へすり替えるな」
マティアスは、通信結晶へ冷たい視線を向ける。
「軍を追われた方が、王国軍の運用へ口を出すのですか」
「部下を見捨てる命令へ反対して追われた」
「命令違反には変わりません」
「それで、また現場の人間だけを処罰するのか」
マティアスは答えなかった。
◇
その夜。
レオンハルトは、軍医の許可を得て仮設医務所へ入った。
重傷者の多くは王都の軍病院へ移されている。
だが、第三砲の担当技師はまだ長距離を移動できず、演習場で治療を受けていた。
レオンハルトは寝台のそばで、自分の名を告げた。
「レオンハルト・フォン・ベルクシュタインです。魔石の調査へ参加しました」
技師は、包帯の巻かれた顔を僅かに動かした。
「ベルクシュタイン……」
「廃嫡されています。今はローゼンフェルト領で魔石の研究をしています」
「原因は……私の組み立てではなかったのでしょうか」
「組み立て記録と現物を確認しました。規定から外れた部分はありません」
技師の目から、僅かに力が抜ける。
「よかった」
「ですが、射撃を止められなかったことを気にしていますか」
「異常には気づきました」
「報告書に残っています」
「もっと強く止めるべきでした」
「あなたには、停止を命じる権限がありませんでした」
「それでも、仲間が怪我をした」
その言葉は、レオンハルトの胸へ重く落ちた。
鉱山崩落のあと。
自分も、同じように考えた。
もっと早く鉱夫を逃がしていれば。
父へ逆らってでも止めていれば。
弟から爆破魔石を奪っていれば。
「あなたは異常を報告しました」
レオンハルトは言った。
「止める権限を持つ人が判断を誤りました。それに、高純度品として渡された魔石が、実際には偽装された低純度品でした」
「誰が、そんなものを」
「それを、これから調べます」
「調べて、変わるのでしょうか」
技師は天井を見た。
「貴族や商会が関わっているなら、最後は私たちの責任になるのではありませんか」
レオンハルトは、すぐには答えられなかった。
鉱山崩落では、実際にそうなった。
真実を話したクラウスは追われた。
鉱夫たちは口を閉ざさせられた。
レオンハルト自身が責任者にされた。
「少なくとも、今回の記録は消させません」
レオンハルトは言った。
「そして、異常を報告した人が罰せられない仕組みに変えるため、審問で証言します」
「あなた一人で、ですか」
「一人ではありません」
記録した者。
調査した者。
証拠を守る者。
負傷しても異常を伝えた者。
「だから、残せます」
◇
翌朝。
軍務院から、王都で予備審問を開くという通知が届いた。
まず、魔導砲爆発事故と納入魔石の品質を審査する。
そこで不正が認められれば、ベルクシュタイン家の採掘記録、加工記録、軍の受け入れ検査、納入商会とシュヴァルツベルク侯爵家の関与まで、正式審問の対象を広げる。
「レオンハルト殿には、技術証人として予備審問へ出席していただきます」
軍務院の役人が告げた。
「調査報告書と、残留魔力の補助記録を提出してください」
「分かりました」
「ベルクシュタイン伯爵家からは、あなたを調査から外すよう申し立てが出ています」
「理由は?」
「廃嫡に対する私怨があり、中立ではないと」
「分析は複数人が確認しています」
アーデルハイトの代理として同席するゼバスティアンが答えた。
「軍務院も、申し立てを退けました」
役人は頷く。
「ただし、審問では厳しく追及されるでしょう」
「覚悟しています」
その日のうちに、同行者の役割が整理された。
ヴィルヘルミーネは、魔力分析に関する署名済みの意見書を作成し、領地へ戻る。
グレーテルも、砲身と固定具の調査報告を提出して帰還する。
クラウスはレオンハルトの護衛を王都近郊まで務めたあと、領地防衛のため戻る。
ゼバスティアンは調査記録の写しを整え、原本を持つエルザとともに管理屋敷へ帰る。
王都の予備審問へ出るのは、レオンハルトだけだった。
護衛は軍務院が用意し、ローゼンフェルト子爵家からは、レオンハルトと面識の薄い法務官が同行する。
身内だけで証言を固めたと疑われないためである。
「私も審問の記録を取りたかったです」
エルザは、原本を収めた箱を抱えていた。
「あなたには、ここで原本を守ってもらいます」
レオンハルトが言う。
「王都へ持ち込むのは複写だけです。もし私の持つ記録が奪われても、ここに同じ内容が残るようにしてください」
エルザは箱を抱く腕へ力を込めた。
「必ず守ります」
レオンハルトは、封印された偽魔石を見つめた。
表面だけは、美しい赤色をしている。
だが、その内側には、不純物と亀裂が隠されていた。
どれほど綺麗に覆っても、残された記録までは消せない。
「王都へ行きます」
レオンハルトは静かに言った。
「今度こそ、真実を現場の責任だけで終わらせません」
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