第32話 価値のない石
この作品は完結まで7日間で1日5〜6話投稿します。
最終日(7/26)2話目です。
ベルクシュタイン伯爵家へ返書を送ってから、二十日ほどが過ぎた。
ゲルハルトから、提示した条件を受け入れるという返答は届いていない。
フェルミナ魔石工房では、これまでどおり魔力灯と冷却箱の製造が続いていた。
領内向けの浄水装置も止めていない。
王国軍へ納めるための高純度魔石も作っていなかった。
父の要求を拒んだことで、何かが起きるのではないか。
レオンハルトは、そう考えなかったわけではない。
だが、不安を理由に工房の方針を変えるつもりもなかった。
「照明結晶、第百四十一号から第百五十号まで、点灯試験を開始します」
静穏棟で、エルザが二人の記録助手へ告げた。
作業台には、十個の魔力灯が並んでいる。
同じ形。
同じ大きさ。
同じ規格の金具。
それぞれには、異なる製造番号が刻まれていた。
「昨日届いた固定金具の一部に、僅かな厚さの違いがあります」
記録助手の一人が報告する。
「どの程度ですか」
「規格線より、爪先ほど薄いものが七個あります」
「同じ荷箱に入っていたものを、すべて別にしてください。製造番号と材料番号を記録して、ハンスさんへ確認をお願いします」
以前なら、見た目に問題がなければ、そのまま使われていたかもしれない。
今では、小さな違いも記録される。
不良品と決めつけるためではない。
なぜ違うのかを確かめ、問題がなければ戻すためだった。
「そこまで分ける必要がありますか」
見習い職人が尋ねる。
「問題が起きてからでは、どの金具を使ったか分からなくなります」
エルザが答えた。
「問題がないと確認できれば、その記録も残して使用します」
そのやり取りを少し離れた場所で見ていたレオンハルトは、満足そうに頷いた。
「エルザさんは、もう私より厳しいですね」
「当然だ」
隣にいたグレーテルが言う。
「お前は石を見ると、周りが見えなくなる」
「最近は気をつけています」
「昨日も昼飯を忘れただろ」
「少し遅れただけです」
「鐘が鳴って半刻後に食べたら、忘れたのと同じだ」
レオンハルトが反論しようとしたとき、静穏棟の入口からクラウスが入ってきた。
「レオンハルト様」
いつも以上に表情が硬い。
「どうしましたか」
「西街道の監視所から、通信結晶で連絡が入りました」
防衛隊が置いた街道監視所は、村から半刻ほど離れた場所にある。
不審者や大規模な商隊を確認した場合、通信結晶で管理屋敷と工房警備所へ知らせる決まりになっていた。
「ベルクシュタイン伯爵家の紋章を掲げた一団が、こちらへ向かっています」
レオンハルトの表情が止まる。
「人数は?」
「騎士十二名。従者と御者が八名。馬車は三台です。先頭の馬車には、伯爵家当主が乗る際に使う大紋章が掲げられています」
「父自身が来た可能性が高いのですね」
「はい。先行して確認した斥候は、ディートリヒ様の姿も見ています」
グレーテルが鼻を鳴らした。
「返事も先触れも寄越さず、直接来たか」
「通常の貴族訪問なら、遅くとも前日には使者が来るはずです」
クラウスが言った。
「抜き打ちで内部を確認するつもりかもしれません」
「到着まで、どれくらいですか」
「半刻ほどです」
「アーデルハイトさんとゼバスティアンさんへ知らせてください」
「すでに連絡済みです。ヴォルフガング殿は防衛隊の配置を確認しています」
レオンハルトは工房内を見回した。
「作業はどうしますか」
「止める理由はありません」
エルザが先に答えた。
「来客が誰であっても、公開区域以外へは入れません。記録帳と材料帳も、普段どおり保管庫へ戻します」
グレーテルが頷く。
「見学窓から見える作業以外は、覆いを掛けろ。結晶核と調整器具は外へ出すな」
工房では、商人や領内の役人が見学する場合に備え、公開可能な工程と機密工程を分けていた。
組み立てや外装検査は、廊下側の見学窓から見せられる。
結晶の生成、魔力調整、通信鍵の加工は、許可者以外立入禁止である。
「通常どおり続けてください」
レオンハルトは職人たちへ告げた。
「来客への対応は、私たちが行います」
父が来る。
かつてなら、それだけで屋敷中が慌ただしく動いただろう。
使用人は廊下へ並び、職人は作業を止め、誰もが伯爵の機嫌を損ねないよう息を潜めた。
だが、ここはベルクシュタイン伯爵家の屋敷ではない。
フェルミナ魔石工房も、父の工房ではなかった。
◇
ベルクシュタイン伯爵家の一団が村へ近づいたとき、ゲルハルトは馬車の窓から外を見ていた。
彼が知っているのは、数年前に提出された廃鉱山周辺の調査報告だけだった。
雨が降れば泥へ沈む細い街道。
崩れかけた家屋。
濁った井戸。
仕事を失い、税を納めることすら難しい村人。
価値のない廃鉱山。
だからこそ、レオンハルトを遠ざける場所として選んだ。
正確には、ベルクシュタイン家が勝手に他家の管理者を決めたわけではない。
ローゼンフェルト子爵家は、過去の借入契約の代償として、ベルクシュタイン家へ廃鉱山の一部採掘権と管理者候補を推薦する権利を認めていた。
ゲルハルトがレオンハルトを候補として送り込み、最終的にはフリードリヒ・フォン・ローゼンフェルト子爵が管理補佐として承認したのである。
ベルクシュタイン家が持つ採掘権には期限があった。
十年以上採掘を行わず、維持費も支払わなければ、権利はローゼンフェルト家へ戻る。
すでに失効の期限は近づいていた。
ゲルハルトは、その細かな契約内容まで重視していなかった。
価値のない場所だと思っていたからだ。
だが今、馬車の窓から見える道は、報告書の内容とまるで違っていた。
街道の中央には砕石が敷かれている。
荷馬車同士がすれ違える幅がある。
道の脇には排水溝が掘られ、小さな水路には木橋が架けられていた。
「ここが、本当にあの廃鉱山の村なのか」
ゲルハルトが低く呟く。
向かいに座るディートリヒも、窓の外を見ていた。
「外から見える場所だけ整えたのでしょう」
「何のために」
「兄上が成功しているように見せるためです」
だが、村へ近づくほど、その言葉には無理が出てきた。
道沿いには新しい家が並んでいる。
石造りの基礎に木の壁を立て、屋根は同じ規格の板で修理しやすい形にそろえられていた。
井戸の周囲には石畳が敷かれ、浄水装置が設置されている。
子供たちが桶へ水を汲んでいた。
水は濁っていない。
村の中央では、数人の大人と子供が同じ建物へ入っていく。
「あの建物は何だ」
ゲルハルトが護衛騎士へ尋ねる。
「学校かと思われます」
「学校?」
ディートリヒが眉をひそめる。
「このような村に?」
道の反対側には診療所がある。
入口には診療時間と夜間呼出先を記した札。
その脇には、魔力灯が取り付けられていた。
通りでは、作業員が昼間にもかかわらず街灯を点けている。
「昼間から照明を使うとは、随分と無駄なことをしている」
ゲルハルトが言った。
馬車の近くを歩いていた村の職員が、その言葉を聞いて頭を下げる。
「本日は月ごとの点灯確認日です。照度と固定金具を順番に確認しております」
「毎月確認するのか」
「はい。故障してからでは、夜の通行に支障が出ますので」
ゲルハルトは返事をしなかった。
さらに奥には、背の高い魔力蓄電塔が立っている。
塔から伸びる魔力線が、複数の建物へ分かれていた。
「父上」
ディートリヒの声が僅かに硬くなる。
「あれは、兄上の技術ではありません」
「何を言っている」
「ローゼンフェルト家が、外部から技術者を雇ったのでしょう」
「魔力蓄電塔までか」
「兄上一人に、あれほどのものが作れるはずがありません」
ゲルハルトは返事をしなかった。
村の中心には荷馬車が並んでいた。
魔力灯を受け取る商人。
木箱へ番号を記す職人。
護衛の配置を確認する防衛隊員。
誰もが忙しく動いている。
だが、怒鳴り声は聞こえない。
札と帳面と短い合図で、作業が進んでいた。
◇
一団が村を抜け、工房区域へ続く道へ入ろうとしたところで、警備所の騎士が手を上げた。
「止まってください」
ベルクシュタイン家の護衛騎士が顔をしかめる。
「ベルクシュタイン伯爵閣下のご一行だ」
「承知しています」
「ならば、道を開けろ」
「ここから先は工房警備区域です。ローゼンフェルト子爵家が承認した警備規則により、護衛用の剣以外の武器は保管所へ預けていただきます」
「何だと?」
騎士たちの空気が険しくなる。
その前へ、クラウスが進み出た。
「剣は鞘から抜かないことを条件に携行を認めます。槍、弓、予備武器は、封印を付けて保管いたします。退出時には同じ状態で返却します」
ゲルハルトが馬車から降りた。
「クラウス・アードラー」
名を呼ぶ声には、明らかな不快感が混じっていた。
「ベルクシュタイン伯爵閣下」
クラウスは一礼する。
かつての主家の当主へ向けた礼ではある。
だが、服従を示すほど深くはない。
「虚偽の証言を繰り返し、騎士団を追われた者が、私の前で検問をするのか」
クラウスの表情は変わらなかった。
「私は、見た事実を証言しました」
「その結果、騎士の身分を失った」
「今は、ローゼンフェルト子爵家から承認を受けた領地防衛隊の騎士隊長です」
「誰に拾われたと思っている」
ディートリヒが馬車から降り、クラウスを睨む。
「拾われたのではありません」
「何?」
「私が、仕える相手を選びました」
一瞬、空気が張り詰めた。
ベルクシュタイン家の騎士の中には、クラウスと同じ隊で働いた者もいた。
そのうち一人が、僅かに視線を伏せる。
鉱山事故当日、クラウスが負傷者を運んでいた姿を知っている者だった。
ゲルハルトは騒ぎを広げなかった。
「槍と弓を預けろ」
護衛たちへ命じる。
「父上?」
「ここで争うために来たのではない」
ゲルハルトは、工房の奥に立つ魔力蓄電塔へ目を向けた。
「中を見れば分かる」
◇
管理屋敷の前では、レオンハルトたちが一行を迎えた。
レオンハルト。
アーデルハイト。
ゼバスティアン。
ヴォルフガング。
ヒルデガルト。
その後ろには、来客記録を担当する職員と、護衛役のクラウスが控えている。
レオンハルトは父の顔を見た。
最後に会ったのは、廃嫡を告げられた日だった。
以前より頬がこけている。
目の下には、薄い疲労の跡があった。
だが、鋭い視線と姿勢は変わっていない。
ゲルハルトはまず、アーデルハイトへ形式的な礼を取った。
「ローゼンフェルト子爵令嬢。急な訪問となったことは詫びよう」
「訪問の知らせを事前にいただければ、正式な応接の準備ができました」
アーデルハイトも礼を返す。
「抜き打ちでなければ、普段の状態を確認できないのでな」
「内部を調査する権限を認めた覚えはありません」
アーデルハイトは静かに答えた。
「本日は、一般の商会や役人にも公開している区域に限り、こちらが指定した順路でご案内します」
「私にも機密を隠すのか」
「他領の工房ですので」
ゲルハルトの目が細くなる。
そのあと、レオンハルトへ向き直った。
「久しぶりだな、レオンハルト」
「お久しぶりです。ベルクシュタイン伯爵閣下」
ゲルハルトの表情が僅かに硬くなる。
「父と呼ばないのか」
「今は、ローゼンフェルト子爵家の管理地で、正式な来客としてお迎えしています」
「随分と他人行儀になったものだ」
「廃嫡された者として、適切な呼び方かと思います」
ディートリヒが鼻で笑う。
「形式ばかり覚えたようだな、兄上」
「必要な形式です」
アーデルハイトが答えた。
「この土地では、身分に応じた礼儀と、権限に応じた責任を分けています」
「これはベルクシュタイン家の親子の話だ」
ゲルハルトが言う。
「親子の話だけであれば、工房とは別の部屋で伺います」
アーデルハイトは一歩も引かなかった。
「魔石供給、技術、土地の権利に関する話であれば、管理責任者である私とローゼンフェルト子爵家が同席します」
ゲルハルトは彼女を見つめたあと、ゼバスティアンへ視線を移した。
「お前は、王都の伯爵家に仕えていた執事だな」
「かつては」
「当主の横領を告発し、解雇されたと聞いている」
「不正の隠蔽へ協力しなかったためでございます」
ゼバスティアンは穏やかに答えた。
「現在は、レオンハルト様の執事長として勤務しております」
「随分と詳しいのですね」
レオンハルトが言う。
「来訪前に、私の周囲を調べられたのですか」
ゲルハルトは否定しなかった。
「息子が何者を集めたのか、確認するのは当然だ」
その視線がヴォルフガングへ移る。
「元北方軍将軍。部下を見捨てる命令に逆らい、軍を追われた男」
「調査はしてきたようだな」
ヴォルフガングが答えた。
「軍人が命令を選ぶのか」
「主君も、命令の結果を引き受けろ」
低い声に、ベルクシュタイン家の騎士たちが僅かに身構える。
クラウスがレオンハルトの斜め後ろへ位置を変えた。
ヴォルフガングは相手の騎士から視線を外さない。
「ヴォルフガング殿」
レオンハルトが呼び止める。
「公開区域の見学を始めましょう」
◇
一行は、まず共同井戸の浄水設備へ案内された。
井戸から汲み上げた水は、石造りの箱へ流れ込む。
内部の吸毒結晶が、有害な鉱物と毒性魔力を吸収する。
交換口には封印があり、取り付け日と次回点検日が外側へ記されていた。
「共同井戸へ、すべて設置したのか」
ゲルハルトが尋ねる。
「私たちが管理する村と周辺集落の共同井戸には、無料で設置しています」
レオンハルトが答えた。
「直接の収益を生まない設備へ、なぜそこまで費用を掛ける」
「病人が減れば、治療費も、働けない期間も減ります」
「高純度魔石を使っているのか」
「いいえ。廃鉱石から、毒性魔力を吸収しやすい成分だけを分離しています」
「廃鉱石から?」
「はい」
ゲルハルトは、石造りの箱へ目を向けた。
価値がないと報告されていた鉱石が、村人の命を守っている。
次に向かったのは冷却倉庫だった。
内部すべてを見せるのではなく、見学用の通路から管理室と保管棚の一部を確認できるようになっている。
倉庫の管理責任者である女性が、通常業務の手を止めて一礼した。
「現在の室温と、今朝の点検記録です」
壁には、時間ごとの温度が記されている。
「以前は、夏になると肉や乳製品の多くが腐っていました」
女性が説明する。
「今は遠くの町まで運べます」
ディートリヒが記録表を見る。
「正式な教育を受けた者なのか」
「学校で計算と記録方法を学びました」
「それ以前は?」
「農家で家計と収穫量を記録していました」
アーデルハイトが続ける。
「読み書き、計算、温度管理の試験を行い、最も成績がよかったため責任者へ任命しました」
「貴族や商人の家の者ではないのか」
「仕事の責任者を、出身だけでは決めません」
学校そのものは、移動中に窓越しで見せるだけに留めた。
子供たちと数名の大人が、読み書きと計算を学んでいる。
「工房の作業員にも、授業を受けさせています」
アーデルハイトが説明する。
「安全表示や契約を読めなければ、規則を守れませんから」
「働かせる時間が減る」
ゲルハルトが言う。
「事故と不正を減らすための時間です」
それ以上、施設を一つずつ案内することはしなかった。
道から診療所、整備された住居、修復中の街道を見せ、魔力蓄電塔へ向かう。
◇
魔力蓄電塔の前へ到着したとき、ディートリヒは明らかに動揺していた。
巨大な結晶が、塔の中心で淡く輝いている。
周囲には防護柵があり、許可を持つ者以外は内部へ入れない。
制御室の扉にも、二重の鍵結晶が取り付けられていた。
「これを兄上が作ったのか」
「皆で作りました」
レオンハルトが答える。
「設計は私です。地脈への影響はリンデさんが確認しました。骨組みはグレーテルさん、予算はアーデルハイトさん、人員配置はゼバスティアンさんが担当しています」
「内部の仕組みを見せろ」
ディートリヒが言う。
「見せられません」
「なぜだ」
「蓄電塔の内部構造は機密です。公開できるのは、地脈を傷つけず、自然に漏れ出す余剰魔力を集めていることまでです」
「兄上が私に隠すのか」
「錬金術師だからこそ、見せられません」
ディートリヒの視線が、銀灰色の髪を持つジークリンデへ向いた。
「地竜まで使っているのか」
ジークリンデの金色の瞳が、僅かに細くなる。
「使っていません」
レオンハルトの声が硬くなった。
「リンデさんは協力者です」
「魔物には違いない」
ジークリンデが、ディートリヒへ一歩近づこうとする。
地面の下で、低い振動が起きた。
「リンデさん」
レオンハルトが呼ぶ。
ジークリンデは足を止める。
「レオンが止めるなら、何もしない」
そう言って、ディートリヒから視線を外した。
レオンハルトは弟を見た。
「その言葉を繰り返すなら、見学を中止します」
「兄上が私へ命令するのか」
「この土地で暮らす仲間を侮辱する者へ、これ以上見せるものはありません」
クラウスはレオンハルトの斜め後ろに立ち、ベルクシュタイン家の護衛を警戒している。
ヴォルフガングも、いつでも間へ入れる位置へ移動していた。
ゲルハルトは、以前とは違う息子の姿を見つめた。
「ディートリヒ」
「父上」
「黙れ。見学を続ける」
◇
最後に、一行はフェルミナ魔石工房へ案内された。
ディートリヒのように錬金知識を持つ者には、通常の見学者より厳しい制限が掛けられた。
作業区画へは入れない。
廊下側の見学窓から、公開済みの組み立て工程と外装検査だけを見る。
設計図、調整器具、材料帳へは近づけない。
見学者一人につき、工房側の案内担当を一人付ける。
外套の埃を落とし、装飾品と余分な金属具を預け、色分けされた見学許可証を首から下げる。
「随分と面倒な工房だな」
ディートリヒが言った。
「異物混入と技術流出を防ぐためです」
見学担当として配置されたエルザが答えた。
「あなたはメイドではなかったか」
「副メイド兼、工房試験記録係です。本日は公開工程の説明を担当します」
「使用人に結晶の記録を任せているのか」
「記録と検査を正確に行えるからです」
見学窓の向こうでは、見習い職人が照明結晶を規格金具へ収めている。
ハンスが締め付け位置を確認する。
完成品は検査台へ運ばれ、点灯時間、発熱、振動、外装の緩みを調べる。
「同じ物を一つずつ試す必要があるのか」
ゲルハルトが尋ねる。
「一個が正常でも、次も同じとは限りません」
エルザが説明する。
「材料番号、担当者、検査結果を記録し、不具合があれば工程まで戻ります」
「検査へ掛ける時間が長すぎる」
ディートリヒが言った。
「だから、兄上の工房は高いのでしょう」
「安全を削って安くするつもりはありません」
レオンハルトが答える。
「使用中に壊れれば、買った人が危険にさらされます」
「壊したのが使用者かもしれない」
「その可能性も含め、記録と現物から調べます」
「いちいち調べるのか」
「先に誰かへ責任を押しつけることはしません」
ディートリヒの顔が強張った。
「まるで、私たちが責任を確かめなかったような言い方だな」
弟が自ら過去へ触れたことで、レオンハルトの目が変わった。
「確かめなかったのではありません」
レオンハルトは、ディートリヒをまっすぐ見た。
「都合の悪い証言を記録から外しました」
見学窓の向こうで作業音が続いている。
職人たちは手を止めなかった。
だが、その場にいる者たちの空気は張り詰めた。
ゲルハルトの顔が険しくなる。
「今、その話をするつもりか」
「クラウスさんの証言は、正式記録から外されました」
「事故調査は終わっている」
「記録を消しても、起きたことは変わりません」
「レオンハルト」
父の低い声。
幼いころから、何度も聞いた警告だった。
以前なら、レオンハルトは口を閉ざしたかもしれない。
「この工房では、都合が悪いという理由で記録を消しません」
レオンハルトは答えた。
「失敗も不具合も、次の事故を防ぐために残します」
会議室へ移動する際、ベルクシュタイン家の護衛騎士の一人が、クラウスへ一瞬だけ視線を向けた。
鉱山事故のとき、彼もディートリヒが坑道奥へ入ったことを知っていた。
だが、その事実を口にしたことはなかった。
◇
工房の会議室へ移ると、アーデルハイトは帳簿と契約書を机へ並べた。
「では、本題を伺います」
ゲルハルトが椅子へ座る。
「この土地で行われている技術は、ベルクシュタイン家で学んだ錬金術を基礎としている」
ディートリヒが続けた。
「兄上は伯爵家の鉱石、研究書、錬成式を使って成長した。ならば、その力から生まれた技術にも、ベルクシュタイン家の権利がある」
「王国法では、家の設備と資金を使い、当主の命令で行った研究成果は家に帰属する場合があります」
アーデルハイトが答えた。
「ですが、固有スキルそのものと、成人後に本人の資金や契約で開発した技術は、本人または契約主体へ帰属します」
彼女は最初の契約書を開いた。
「フェルミナ魔石工房の設立資金は、ローゼンフェルト子爵家の管理予算、製品売上、三商会からの前払金で構成されています」
次に、材料帳を示す。
「使用した鉱石は、この管理地の廃鉱山から採取しました」
「その廃鉱山へレオンハルトを送ったのは私だ」
ゲルハルトが言う。
「ベルクシュタイン家は、この廃鉱山の一部採掘権と、管理者候補の推薦権を持っていました」
アーデルハイトは、過去の借入契約書を広げた。
「しかし、管理者を正式に承認したのはローゼンフェルト子爵家です。また、ベルクシュタイン家の採掘権は、維持費を支払わず十年以上行使しなければ失効します」
「まだ失効していない」
「残りは四か月です」
「なら、それまでは権利がある」
「特定区画から鉱石を採掘する権利です。土地全体、村、工房、そこで開発された技術の所有権ではありません」
ゼバスティアンが静かに続ける。
「レオンハルト様の廃嫡書にも、この土地で生まれた技術をベルクシュタイン家へ帰属させる条項はございません」
「書類の隙を探したのか」
「権利の範囲を確認しただけでございます」
アーデルハイトは、さらに複数の帳簿を開いた。
魔力灯第一試作型から、現在の規格品までの製造記録。
日付。
材料。
失敗。
改善。
グレーテルが加えた外装変更。
ヴィルヘルミーネと共同で行った通信結晶の研究。
ジークリンデが確認した地脈情報。
職人たちが積み重ねた改良。
「すべて、この土地へ来てから作られたものです」
「書類など、あとから作れる」
ディートリヒが言った。
「契約相手である三つの商会、ローゼンフェルト子爵家、工房に、それぞれ写しがあります」
ゼバスティアンが答える。
「日付ごとに通信記録と支払記録も残しております。一つを書き換えても一致しません」
「兄上の《結晶創造》が、ベルクシュタイン家の鉱山と教育によって育ったことは事実だ」
ディートリヒが食い下がる。
「教育を受けたことと、その後の成果を永遠に所有されることは別です」
ヴィルヘルミーネが口を開いた。
彼女の前には、通信結晶と魔力制御結晶の共同研究契約が置かれている。
「私はアーベントロート公爵家で魔法教育を受けました。しかし、ここでレオンと共同研究した成果は、契約に基づき双方へ帰属します」
「あなたは関係ない」
「共同研究者ですので、関係があります」
ヴィルヘルミーネは契約書へ指を置いた。
「身分ではなく、記録と契約で証明できます」
ディートリヒは黙り込んだ。
「この工房の技術がベルクシュタイン家から盗まれたという主張には、根拠がありません」
アーデルハイトが結論を告げる。
「資金、材料、研究記録、雇用契約、販売契約。すべて確認できます」
◇
ゲルハルトは、最初から技術の所有権だけを主張しに来たわけではなかった。
権利を認めさせられない場合は、レオンハルト本人を家へ戻す。
その考えは、来訪前から決めていた。
「レオンハルト」
「はい」
「お前の能力が、役に立たないものではなかったことは認めよう」
レオンハルトは父を見た。
幼いころ、何度も聞きたかった言葉だった。
魔力灯も、蓄熱石も、吸毒結晶も、無駄ではないと認めてほしかった。
だが、今その言葉を聞いても、胸が満たされることはなかった。
「ベルクシュタイン家へ戻れ」
会議室の空気が張り詰める。
「廃嫡を取り消す」
「伯爵閣下の一存だけでは取り消せません」
アーデルハイトがすぐに指摘した。
「王国へ提出した廃嫡記録と相続順位の変更には、法務院への撤回申請が必要です」
「手続きは行う」
ゲルハルトは苛立ったように答える。
「ディートリヒを後継者としたまま、レオンハルトを後継者補佐へ置く」
ディートリヒが勢いよく立ち上がった。
「父上!」
「黙れ」
「兄上を戻す必要などありません」
「お前一人では王国軍への納品を安定させられない」
「できます」
「不具合が出ている」
「現場の扱いが――」
「同じ言い訳を何度繰り返す」
ゲルハルトの怒声に、ディートリヒが黙る。
それでもゲルハルトが後継者を交代させないのは、ディートリヒを天才後継者として王都へ売り込んできたからだった。
今さら誤りを認めれば、鉱山事故の処分や王国軍との契約まで疑われる。
だから、レオンハルトを補佐として戻し、表向きはディートリヒの成功を維持しようとしている。
「レオンハルト」
ゲルハルトは息子へ向き直った。
「お前の高純度化技術を伯爵家へ戻せ。工房の職人も、必要な者はベルクシュタイン領へ移せばよい」
「職人は、移動させる所有物ではありません」
アーデルハイトの声が冷たくなる。
「全員、契約に基づいて働いています。本人の同意なく、他領へ移すことはできません」
「より大きな工房と待遇を与える」
「条件を提示し、本人が選ぶのであれば止めません」
「お前たちが説得すればよい」
「命令して従わせるつもりはありません」
レオンハルトが言った。
ゲルハルトは眉をひそめる。
「ベルクシュタイン領には、王国軍との契約がある。ここより価値のある仕事ができる」
「ここより価値のある仕事?」
「魔力灯や冷却箱ではなく、王国を支える軍事魔石を作れる」
グレーテルの表情が険しくなる。
だが、レオンハルトは静かだった。
「私は戻りません」
「意地を張るな」
「意地ではありません」
「認められたかったのではないのか」
その言葉が、レオンハルトの胸へ刺さった。
父は、自分が認められたがっていたことに気づいていた。
理解していたわけではない。
ただ、息子が父の評価を求めていることくらいは分かっていた。
それでも、重要だとは考えなかったのだ。
「以前は、そうでした」
レオンハルトは答えた。
「父上に認めてほしかった。私の作ったものにも意味があると、言ってほしかった」
「ならば戻れ」
「その言葉を理由に、今さらここで築いたものを捨てて戻ることはできません」
ゲルハルトの表情が固まる。
「ここには、私の技術を必要としてくれる人たちがいます」
レオンハルトは周囲を見た。
アーデルハイト。
グレーテル。
ヴィルヘルミーネ。
ジークリンデ。
ヴォルフガング。
クラウス。
ゼバスティアン。
ヒルデガルト。
エルザ。
オットー。
工房で働く職人たち。
「私が作りたいのは、戦場で人を傷つけるためだけの魔石ではありません」
「国を守るには武器が必要だ」
「守るための技術は作ります」
「同じことだ」
「違います」
レオンハルトの声ははっきりしていた。
「兵士を生きて帰す盾。村人を逃がす結界。救護のための照明。食料を守る冷却箱。水を安全にする浄水装置」
「そんなものでは、貴族家は強くならない」
「領民が生きて働ける土地は、強い土地です」
「理想論だ」
「今日、この村を見ても、そう思いますか」
ゲルハルトは答えなかった。
整備された道。
清潔な井戸。
冷却倉庫。
学校。
診療所。
魔力蓄電塔。
規則と記録によって動く工房。
目の前にあるものは、理想ではない。
すでに形になっている現実だった。
レオンハルトは父の目を見た。
「価値がないと捨てた石から生まれた品です」
会議室が静まり返る。
「あなた方には必要ないでしょう」
ゲルハルトの顔に怒りが浮かぶ。
「父へ向かって、その言い方は何だ」
「ベルクシュタイン伯爵家当主として来られたのであれば、取引相手としてお答えしています」
「私は、お前を戻すと言っている」
「私は戻らないと答えています」
「お前はベルクシュタイン家の人間だ」
「廃嫡したのは、あなたです」
レオンハルトの声は静かだった。
「都合のよいときだけ、息子へ戻さないでください」
◇
ディートリヒが机を叩いた。
「兄上は、この土地の人間を盾にしているだけだ!」
「何ですか」
「一人では父上へ逆らえないから、周囲を味方につけた」
その怒声は、会議室の外まで響いた。
ベルクシュタイン家の一行が到着したという話は、すでに村中へ広まっていた。
工房の技術が伯爵家へ奪われるのではないか。
レオンハルトが連れ戻されるのではないか。
不安を感じた者たちが、仕事を終えた者から順に工房前の広場へ集まり始めていた。
子供たちは学校の教師が帰宅させている。
工房区域へ入れるのは、職人代表、村の代表、防衛隊員など、許可を受けた大人だけだった。
会議室の扉の外には、オットーと数名の代表者が待っていた。
「兄上が集めたのだろう!」
ディートリヒが扉を指す。
「誰も呼んでいません」
クラウスが答えた。
「訪問の噂を聞き、心配して来た者たちです。会議室への立ち入りは認めていません」
ゲルハルトが扉の外を見る。
オットーが、代表として一歩前へ出た。
「お久しぶりです、伯爵様」
「オットー・ヴェーバー」
「はい」
「お前まで、レオンハルトへ付いたのか」
「付いたのではありません。一緒に来ました」
「伯爵家に雇われていた鉱夫が、主家へ逆らうのか」
「崩落の前、若様だけが山の危険を見ておりました」
オットーの声は震えていない。
「若様だけが、鉱夫を逃がそうとした。ですから、今度は私たちが、若様一人へ責任を押しつけさせないために来ました」
その後ろで、職人や村の代表たちが静かに頷く。
大声でレオンハルトを称える者はいない。
武器を持つ者もいない。
ただ、その場から離れようともしなかった。
「これが、レオンと皆で作ってきたものです」
アーデルハイトが言った。
「工房や結晶だけではありません。自分たちの暮らしを、自分たちで守ろうとする人々です」
ゲルハルトの背後にいるのは、ベルクシュタイン家の紋章を付けた騎士だった。
レオンハルトの後ろには、命令によって従っているのではない者たちがいる。
レオンハルトは、その違いを誇ろうとは思わなかった。
ただ、自分が一人ではないことを、改めて理解した。
「父上」
レオンハルトはゲルハルトを見る。
「私は、ここに残ります」
「後悔するぞ」
「ベルクシュタイン家へ戻らなかったことを、ですか」
「中央との後ろ盾もなく、この繁栄を守り続けられると思うな」
ヴォルフガングの目が鋭くなる。
軍需流通を握るシュヴァルツベルク侯爵家が、ベルクシュタイン家へ関わっていることは、すでに分かっていた。
しかし、何を企んでいるかまでは分からない。
「だから、守れる土地にします」
レオンハルトは父から目を逸らさなかった。
「お前一人でか」
「一人ではありません」
その言葉に、後ろへ立つ者たちが静かに頷いた。
◇
ゲルハルトは椅子から立ち上がった。
「話は終わりだ」
「高純度魔石の取引条件は、以前の返書どおりです」
アーデルハイトが告げる。
「受け入れる場合は、正式な使者をお送りください」
「必要ない」
ゲルハルトは冷たく答えた。
「ディートリヒの魔石で足りる」
レオンハルトの表情が僅かに変わった。
「王国軍で、不具合が続いているという報告があります」
「根拠のない噂だ」
「現物を確認させてください」
「必要ない」
「兵士が負傷しています」
「お前には関係のないことだ」
ゲルハルトは会議室の扉へ向かう。
「父上」
レオンハルトが呼び止めた。
ゲルハルトが振り返る。
「もし、納めている魔石の安全性に少しでも疑いがあるなら、出荷を止めて調べてください」
「私へ命令するつもりか」
「お願いしています」
「余計な心配だ」
「鉱山崩落のときも、私は止めてくださいとお願いしました」
ゲルハルトの足が止まる。
「同じことを繰り返さないでください」
「黙れ」
「次に事故が起きれば、また現場の人へ責任が向けられます」
レオンハルトは感情を抑え切れなかった。
アーデルハイトは止めなかった。
正式な交渉としては挑発になる。
それでも、命が危険にさらされている可能性がある以上、言わずに帰すことはできないと理解していた。
「黙れと言っている!」
怒声が会議室へ響いた。
扉の外にいた防衛隊員が一歩動く。
クラウスが手で制し、室内の様子を確認する。
ゲルハルトの顔には、怒りだけではなく、恐れが浮かんでいた。
過去と似ていることを、彼自身も分かっている。
それでも認めることはできない。
「行くぞ」
ゲルハルトはディートリヒへ命じた。
「こんな土地に、これ以上いる必要はない」
ディートリヒは最後に、見学窓の向こうを睨んだ。
魔力灯。
検査台。
整えられた帳簿。
壁に掲げられた規則。
それらを見る目には、嫌悪だけでなく焦りがあった。
「兄上」
「何ですか」
「ここにあるものは、いずれベルクシュタイン家へ戻る」
「戻りません」
「父上が認めなくても、王国は伯爵家の味方だ」
「王国が判断するなら、記録と証拠が必要です」
ディートリヒの目が一瞬揺れた。
「何の証拠だ」
「鉱山事故で外された証言も、今作られている魔石の製造記録も、すべてを完全に消すことはできません」
レオンハルトは弟を見た。
「記録は、どこかに残ります」
ディートリヒは答えず、父のあとを追った。
護衛騎士の一人が退出する直前、クラウスへ僅かに視線を向ける。
その表情には、迷いが浮かんでいた。
◇
ベルクシュタイン家の一行が村を離れたあとも、工房前へ集まった者たちは、すぐには帰らなかった。
レオンハルトは、広場へ出て頭を下げた。
「心配を掛けて、申し訳ありません」
「謝らないでください」
オットーが言った。
「伯爵様が工房を持っていくと言い出したと聞けば、心配するのは当然です」
「誰にも持っていかせません」
アーデルハイトが答えた。
「帳簿と契約、王国法に基づいて守ります」
「書類だけで止まらない相手もいる」
ヴォルフガングが言う。
「警備を一段階上げる」
クラウスも頷いた。
「工房と蓄電塔の夜間巡回を増やします。機密室の鍵結晶も交換します」
「来客許可証は、公開区域、作業区域、機密区域で色を分け直します」
ゼバスティアンが続ける。
「採用希望者の身元確認は、保証人だけでなく、以前の勤務先へも照会します。通信室へ入る際は、必ず二名以上で立ち会う規則に変更いたしましょう」
「新しく来る人たちが、疑われていると感じませんか」
レオンハルトが尋ねた。
「そうならないよう、全員へ同じ規則を適用します」
ゼバスティアンは穏やかに答える。
「信頼とは、確認をしないことではございません。確認したうえで、安心して任せることでございます」
レオンハルトは頷いた。
父と弟が去ったからといって、問題が終わったわけではない。
むしろ、フェルミナ魔石工房の価値が外部へ知られた今からが、本当の始まりなのかもしれなかった。
◇
夕方。
工房の作業が再開された。
止まっていた検査台に、再び魔力灯が並ぶ。
エルザと記録助手が製造番号を確認する。
グレーテルが固定金具を見る。
ハンスが見習いたちへ作業再開を指示する。
「第百四十一号、点灯開始します」
淡い光が灯った。
一つ。
二つ。
三つ。
次々と魔力灯が点いていく。
窓の外では、ベルクシュタイン家の馬車が街道の向こうへ小さくなっていた。
「レオン」
アーデルハイトが隣へ立つ。
「後悔していませんか」
レオンハルトは、工房の中を見た。
真剣に検査を続けるエルザ。
見習いを叱りながら、自分で手本を見せるグレーテル。
作業を終えた者へ声を掛けるヒルデガルト。
外を巡回するクラウス。
魔力線の変化を記録するヴィルヘルミーネ。
誰も、父の命令で自分に従っている者ではない。
ここで出会い、互いに選んだ仲間たちだった。
「以前なら、迷ったと思います」
「今は?」
「戻る場所は、あの家ではありません」
レオンハルトは答えた。
「ここが、私たちの作っていく場所です」
アーデルハイトは少しだけ微笑む。
「まだ完成していないのですね」
「暮らす人が増えれば、必要なものも変わります。直すところも、新しく作るものも出てきます」
「終わりがないのですね」
「はい」
レオンハルトは、点灯する魔力灯を見た。
価値がないと捨てられた石。
役割や居場所を失っていた人々。
それらは、この土地で新しい形を得ていた。
フェルミナ魔石工房の窓から漏れる光が、夕暮れの村を照らし始める。
その光は、去っていくベルクシュタイン家の馬車を追わなかった。
ただ、この土地に残る者たちの足元を、静かに照らしていた。
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