第29話 騎士隊長クラウス
この作品は完結まで7日間で1日5〜6話投稿します。
6日目(7/25)4話目です。
領地防衛隊の訓練が始まってから、十二日が過ぎた。
まだ正式に採用された者は、三十人に満たない。
応募者は多かったが、ヴォルフガングは人数をそろえるためだけに選ぼうとはしなかった。
走る速さ。
剣や弓の経験。
体格。
それらも確かめる。
だが、彼が最も注意深く見ていたのは、別の部分だった。
遅れた者を置いていかないか。
指示を無視し、自分だけ先へ進もうとしないか。
失敗した仲間を笑わないか。
疲れたときに、苛立ちを他人へ向けないか。
初日の外周走では、先頭で戻った者より、転んだ者へ手を貸した者のほうが高く評価された。
「速いだけでは駄目なのですか」
朝の訓練を終えたレオンハルトが、息を切らしながら尋ねる。
「斥候なら速さは必要だ」
ヴォルフガングは答えた。
「だが、隊列を組んで動く者が隣の人間を見ないのでは困る」
レオンハルトは膝へ手をつきながら頷いた。
日の出前から村の外周を走る。
木製の桶を使って消火訓練を行う。
負傷者役を担架へ乗せ、決められた避難場所まで運ぶ。
武器を使う訓練は、まだ始まっていない。
最初に教えられたのは、合図、隊列、報告、避難だった。
「レオンハルト様。お立ちください」
広場の端から、ゼバスティアンが呼び掛ける。
「朝食の時間でございます」
「あと少し休んでからでは駄目ですか」
「食堂まで歩きながら休めます」
「それは休憩と言いません」
レオンハルトが顔を上げると、ヴォルフガングが腕を組んで見下ろしていた。
「立て」
「ヴォルフガング殿まで」
「訓練初日でもないのに、毎朝地面へ手をつくな」
「寝転がってはいません」
「両手と両膝が地面についている」
レオンハルトは渋々立ち上がった。
その近くでは、選考を通過した志願者たちが訓練道具を片づけている。
元冒険者。
鉱夫。
農家の次男。
狩人の娘。
荷運び人。
救護担当を希望する女性。
通信結晶の操作を学ぶ若者。
全員が、同じ役割を担うわけではない。
ヴォルフガングは戦闘、警戒、救護、通信、避難誘導に分けて、それぞれの適性を確かめていた。
「現時点で、選考通過者は二十六人です」
エルザが記録帳を確認する。
「あと四人ですね」
「数を埋めるために選ぶな」
ヴォルフガングが言った。
「三十人は目安だ。適任が二十六人しかいなければ、二十六人で始める」
「でも、三班に分けるのでは?」
「任務に応じて人数を変える。均等に分けることが目的ではない」
ヴォルフガングは広場の外へ目を向けた。
村の入口へ、一頭の馬が近づいている。
乗っているのは、灰色の外套をまとった男性だった。
人も馬も、ひどく疲れている。
長い距離を旅してきたのだろう。
男性は村の入口で馬を降りると、見張りへ何かを尋ねた。
周囲を一度見回してから、管理屋敷へ向かって歩き始める。
「知り合いですか」
レオンハルトが尋ねた。
ヴォルフガングは答えず、その歩き方を目で追った。
「騎士だ」
「鎧は着ていませんが」
「歩幅と、周囲の見方で分かる」
男性は二十八歳ほど。
短い茶色の髪。
日に焼けた顔。
外套の下には革鎧を着ている。
胸元には、紋章を外した跡が残っていた。
腰には剣。
柄も鞘もよく手入れされているが、華美な装飾はない。
男性は広場の手前で足を止めた。
その視線が、レオンハルトへ向く。
「レオンハルト様」
掠れた声だった。
レオンハルトは、すぐには相手の名を思い出せなかった。
鉱山崩落の日、彼は兜をかぶり、顔の半分を雨と泥で汚していた。
だが、その立ち姿には覚えがある。
崩れる坑道。
逃げる鉱夫たち。
結晶柱の間を走り、負傷者を背負って運んでいた騎士。
「クラウス……さん?」
男性は深く頭を下げた。
「クラウス・アードラーです。遅くなりましたが、ようやくお目にかかれました」
◇
クラウスは、すぐ管理屋敷の応接室へ通されることはなかった。
まずヒルデガルトが食事と湯を用意した。
馬にも水と飼葉が与えられる。
長旅の直後に事情を聞こうとしたレオンハルトは、ヒルデガルトとヴォルフガングの両方から止められた。
「食べながらでも話せます」
「できません」
ヒルデガルトが断言する。
「相手は、ようやくここへたどり着いたのです。まず休ませてください」
「重要な話かもしれません」
「重要だからこそ、落ち着いた状態で聞け」
ヴォルフガングまで同じ意見だった。
クラウスが休んでいる間、ゼバスティアンは本人の許可を得て、所持していた解雇通知と紹介状の表面だけを確認した。
その際、クラウスがベルクシュタイン家騎士団を解雇されたことも聞いていた。
一刻ほど経ったあと、改めて応接室へ集まる。
レオンハルト。
アーデルハイト。
ゼバスティアン。
ヴォルフガング。
そして、クラウス。
クラウスは椅子へ座っていたが、背筋を伸ばしたまま、ほとんど姿勢を崩さなかった。
「ベルクシュタイン家の騎士団を解雇されたと聞きました」
レオンハルトが言った。
「はい」
「鉱山事故の証言が理由ですか」
「そのとおりです」
クラウスは迷わず答えた。
「事故調査の際、私はディートリヒ様が爆破魔石を使用したと証言しました」
部屋が静まる。
「その証言は、正式な記録に残っておりません」
ゼバスティアンが言う。
「騎士団上層部が削除しました。私は証言を撤回するよう命じられましたが、拒否しました」
「そのために追放されたのですか」
「解雇処分を受けました」
クラウスは膝の上で拳を握った。
「事故当日、ディートリヒ様の爆破を見た鉱夫もいます。ですが、家族の仕事や住居を失わせると脅され、証言できなかった者もいました」
「クラウスさんは、拒否した」
「私には守る家族がいませんでした。だから拒めただけです」
「それでも、地位を失いました」
「地位を守るために、見たものを見なかったことにはできません」
レオンハルトは俯いた。
「申し訳ありません」
クラウスが目を見開く。
「なぜ、レオンハルト様が謝られるのですか」
「私に関わったために、騎士団を追われたからです」
「違います」
クラウスの声が強くなった。
「私は、あなたのために証言したのではありません」
レオンハルトが顔を上げる。
「私が見た真実を話しただけです。ディートリヒ様が爆破魔石を使った。それによって坑道が崩れた。レオンハルト様は、結晶柱で鉱夫を守った」
「ですが、結果として――」
「真実を曲げて騎士団へ残ったなら、その時点で私は騎士ではありません」
クラウスの言葉に迷いはなかった。
「命令へ従うことと、嘘へ従うことは違います」
ヴォルフガングが、僅かに目を細めた。
「解雇されたあと、何をしていた」
「レオンハルト様の追放先を探していました」
「なぜ、ここへ来るまで時間が掛かったのですか」
アーデルハイトが尋ねる。
「伯爵家は、レオンハルト様の行き先を公表していませんでした。ローゼンフェルト領へ送られたことは分かりましたが、この周辺には閉鎖された鉱山が複数あります」
クラウスは最初、ローゼンフェルト領の西側にある別の廃鉱山へ向かった。
そこで情報が違うと分かり、さらに南部の鉱山町を訪ねた。
だが、移動を続けている間に、雨で傷んだ橋が崩れ、街道が長く通れなくなった。
旅費を使い果たしたクラウスは、商隊護衛や魔物討伐を請け負いながら進むしかなかった。
「伯爵家の者が、私の行き先を調べている様子もありました」
「監視されていたのですか」
「解雇された元騎士が、レオンハルト様のもとへ向かうことを警戒していたのでしょう。一度は、進む方角を変えました」
最近になって、護衛した商人から魔力灯と冷却箱の話を聞いた。
廃鉱山の近くに、夜でも明るい村がある。
そこで作られた魔道具は、火を使わず長時間光る。
「それを聞いて、ここだと思いました」
「魔力灯だけで?」
「ベルクシュタイン領で、安全な坑道灯を作ろうとしたのは、レオンハルト様だけでした」
レオンハルトは、幼いころに鉱夫へ渡した魔力灯を思い出した。
父には評価されなかった。
鉱山長には正式採用を拒まれた。
それでも、あの灯りを覚えていた者がいた。
「村へ入ったとき、訓練している人たちを見ました」
クラウスが続ける。
「戦う訓練だけではなく、担架や消火の訓練をしていた。鉱夫も農民も、女性も一緒に」
窓の外では、訓練を終えた志願者たちが道具を片づけている。
「魔力灯の下を、子供たちが歩いていました。崩落事故のあとでは、想像できなかった光景です」
クラウスはレオンハルトを見た。
「私は、あなた個人だけではなく、あなたが作ろうとしているこの土地を守りたい」
クラウスは立ち上がり、深く頭を下げた。
「どうか、ここで働かせてください」
「私に仕えたいのですか」
「はい」
「私は伯爵家の当主でも、正式な領主でもありません」
「承知しています」
「騎士へ戻れる保証もありません」
「地位を求めて来たのではありません」
クラウスは頭を下げたまま答えた。
「私は、守るべき者を見捨てない方のもとで、もう一度働きたいのです」
◇
「待て」
ヴォルフガングの声が、室内の空気を引き締めた。
「働かせるかどうかを決める前に、確認する」
クラウスが顔を上げる。
「何でしょう」
「騎士団を解雇された証拠はあるか」
「解雇通知と、返却済み装備の目録を持っています」
クラウスは荷物から封書を取り出した。
ゼバスティアンが受け取り、封印と署名を確認する。
「書式と封蝋は、ベルクシュタイン家のものと一致しております。現時点で、明らかな偽造の形跡はございません」
「伯爵家の命令で、ここへ潜り込んだ可能性は?」
ヴォルフガングが続ける。
「否定する証拠はありません」
クラウスは正直に答えた。
「ただ、解雇後に受けた仕事の記録と、世話になった商会の紹介状があります。確認していただいて構いません」
「自分を信じろとは言わないのか」
「今の村が狙われていることは、入口で聞きました。警戒されるのは当然です」
ヴォルフガングの口元が僅かに動く。
「剣の腕は?」
「騎士団では歩兵隊に所属していました。剣、槍、盾を扱えます。騎乗は得意ではありません」
「指揮経験」
「十人ほどの小隊を任されたことがあります」
「人を殺したことは?」
「あります」
レオンハルトが息を止めた。
クラウスは視線を逸らさない。
「盗賊討伐と、村を襲った魔物への対処で」
「後悔しているか」
「必要な判断だったと考えています。ただし、慣れたいとは思いません」
ヴォルフガングは、しばらくクラウスを見つめた。
「腕と考え方は確認する。だが、それと信用は別だ」
「承知しています」
「今日は長旅の直後だ。本格的な試験は明日にする」
「今でも構いません」
「疲労を隠す者は、部下の疲労も見誤る」
クラウスは僅かに目を伏せた。
「失礼しました」
「今日は構えと足運びだけを見る。明日、改めて試す」
◇
午後。
広場の一角に、藁を厚く敷いた試験区画が用意された。
周囲には縄を張り、志願者たちは十分な距離を取って並ぶ。
木剣には厚い布が巻かれ、頭部、首、関節への攻撃は禁止された。
救護担当とマルタも待機している。
ヴォルフガングは、志願者たちへ告げた。
「午後の訓練を変更する。全員、見学しろ」
広場の中央には、赤い旗が一本立てられている。
「この旗を負傷者だと思え」
ヴォルフガングがクラウスへ木剣を渡した。
「俺に旗へ触れさせるな。ただし、追い掛けて旗から離れるな」
「守備試験ですか」
「そうだ」
クラウスは木剣を構えた。
重心を低くする。
派手さのない、堅実な構えだった。
「始めろ」
最初に動いたのはヴォルフガングだった。
大柄な身体から、鋭い一撃が振り下ろされる。
クラウスは真正面から受けない。
半歩横へずれ、木剣の腹で力を逸らす。
すぐ反撃へ出ず、旗とヴォルフガングの間へ戻った。
ヴォルフガングが右へ回る。
クラウスも位置を変える。
左へ踏み込み、旗へ近づこうとすれば、進路を塞ぐ。
「攻めないのか!」
ヴォルフガングが叫ぶ。
クラウスは答えず、打撃を受け流す。
今度は一歩踏み込んだ。
だが、剣先を相手へ届かせるためではない。
ヴォルフガングを旗から押し戻すためだった。
ヴォルフガングの足が、クラウスの足首を払う。
クラウスは体勢を崩したが、藁の上へ肩から転がり、すぐに立ち上がる。
旗からは離れない。
ヴォルフガングが方向を変えても、必ず間へ入る。
やがて、ヴォルフガングが木剣を止めた。
「そこまでだ」
クラウスは呼吸を整え、剣を下ろした。
「守る位置を崩さなかったな」
「相手を倒すことより、旗を守ることが目的でしたから」
「お前は、剣士というより盾だ」
「騎士は、守るために立つものだと教わりました」
「教えた者は悪くない。騎士団の上は腐っていたようだが」
ヴォルフガングは木剣を受け取った。
「動きは合格だ。ただし、身元確認が終わるまでは信用しない」
「当然です」
クラウスは一礼した。
「それと」
ヴォルフガングがレオンハルトを指した。
「ここの責任者は、研究のためなら一人で危険な場所へ行こうとする」
「心外です」
レオンハルトが言った。
周囲にいた者たちが、一斉に何とも言えない顔をした。
「何ですか、その反応は」
「事実でございますので」
ゼバスティアンが答える。
「鉱山へ一人で入り、地竜の卵を救ったとも聞いた」
クラウスの表情が固まる。
「一人で地竜のもとへ?」
「事情がありました」
「今後は、おやめください」
「まだ採用も決まっていませんよ」
「採用されなくても止めます」
クラウスの返答があまりに真剣だったため、グレーテルが声を上げて笑った。
「いいじゃねえか。レオンを止める奴がまた増えた」
「増えていません」
「私とゼバスティアン様、アーデルハイト様がおります」
ヒルデガルトが数える。
「ヴォルフガング様も加わりました」
「私の自由が減っていませんか」
「寿命が延びています」
アーデルハイトが冷静に言った。
◇
その日の夕方、クラウスの臨時雇用について話し合われた。
通信結晶を使い、ローゼンフェルト子爵家へ解雇通知の内容を照会する。
ゼバスティアンは、クラウスが働いた商会へ確認の使者を出す。
「身元確認が終わるまでは、臨時教官兼警備補佐とします」
アーデルハイトが契約書の草案を読み上げる。
「任期は一月。確認が早く終わった場合は、その時点で正式契約を協議します」
「承知しました」
「担当は、防衛隊の訓練補助、村内警備、商隊護衛の補助です。単独で指揮権は持ちません」
「はい」
「重要施設へ入る際は、必ずヴォルフガング殿かゼバスティアンの許可を得ること」
「異存ありません」
「レオンハルト様の外出護衛も加えろ」
ヴォルフガングが言った。
「私は護衛が必要なほど弱くありません」
「お前の強さの話ではない」
「では、何の話ですか」
「勝手に危険な場所へ入る者へ、監視役を付ける話だ」
レオンハルトは反論しようとした。
「外出護衛、承知しました」
クラウスが先に答える。
「クラウスさんまで」
「鉱山でも、限界まで魔力を使われました」
「鉱夫を助けるためです」
「助けたあと、ご自身が崩落に巻き込まれれば意味がありません」
「同じことを、何度も言われている気がします」
「必要であれば、何度でも申し上げます」
アーデルハイトは小さく息を吐き、契約書へ護衛補助を書き加えた。
「給金と負傷時の補償は、防衛隊の臨時雇用規定に従います」
「承知しました」
「元騎士であることを理由に、村人や職人へ命令しないこと」
「はい」
「ベルクシュタイン家について知っている情報は、ゼバスティアンへ報告してください。ただし、違法な方法で聞き出すことはしません」
「知っていることは、すべてお話しします」
クラウスは契約書へ署名した。
まだ正式な仕官ではない。
それでも、レオンハルトのもとで働く最初の一歩だった。
◇
翌日から、クラウスは防衛隊の訓練へ加わった。
ヴォルフガングが全体の編成と指揮を教える。
クラウスは、盾と槍の基礎を担当した。
「槍は、敵を倒すためだけの武器ではありません」
志願者たちを前に、クラウスが言う。
「距離を保ち、近づかせないための道具です。村人の避難が終わるまで、道を守ることもできます」
木製の槍を持たせ、二人一組で構えさせる。
一人が前を見る。
もう一人は左右と後方を確認する。
敵役へ突進せず、決められた線を守る。
「追わないでください!」
逃げる役を追い掛けた若者へ、クラウスが声を上げた。
「あなたの役目は倒すことではありません。ここを通さないことです」
「でも、逃がしたら戻ってきます」
「追えば、守っていた場所が空きます」
ヴォルフガングが、少し離れた場所で頷いた。
クラウスの教え方は地味だった。
派手な剣技は見せない。
立ち位置。
間隔。
仲間との呼吸。
盾を上げる高さ。
後退するときの足運び。
同じ基礎を繰り返す。
訓練を見ていたグレーテルが、木盾を持ち上げた。
「こいつじゃ、魔物の爪を受けたら割れるな」
「訓練用ですから」
クラウスが答える。
「実戦用の盾は、どのようなものを使う予定ですか」
「まだ決めていません」
レオンハルトが言った。
「鉄だけでは重く、木だけでは大型魔物の一撃に耐えられません」
「結晶を使うのか」
ヴォルフガングが尋ねる。
「使えます。ただし、盾全体を結晶にすれば費用も重さも増えます」
「割れたときも危険だ」
グレーテルが言う。
「破片が持ち手へ飛ぶかもしれねえ」
レオンハルトは木盾の断面を見つめた。
結晶だけで盾を作る必要はない。
受けた衝撃を一か所へ集中させず、周囲へ分ければよい。
「薄い結晶板を、木盾の内部へ入れます」
「表面ではなく?」
「はい。外側は硬い木と薄い鉄板。内側へ、衝撃を分散する結晶格子を置きます」
レオンハルトは地面へ簡単な構造を描いた。
「爪や矢は外側で止める。伝わった力を、内部の結晶層で周囲へ逃がします」
「結晶が割れたら?」
「革と金属の間へ封じ、破片が飛ばないようにします」
「交換式にしろ」
グレーテルが即座に言った。
「盾全部を作り直すのは無駄だ。結晶板だけ抜き替えられるようにする」
「持ち手への衝撃も減らせますか」
クラウスが尋ねる。
「試してみないと分かりません」
「比較が必要です」
エルザが帳面を開いた。
「木盾だけ。鉄板を付けた盾。結晶層を入れた盾。同じ強さで打ち、持ち手側へ伝わる衝撃を比べます」
「同じ強さで打つ方法は?」
ヴォルフガングが尋ねた。
「人が木槌を振るえば、毎回変わります」
エルザは少し考えた。
「一定の高さから重りを振り下ろす装置を作れませんか」
「振り子式だな」
グレーテルが答える。
「高さと重さを固定すれば、同じ衝撃を出せる」
「測定には、記憶結晶を応用します」
レオンハルトが言った。
「音や振動の強さを短時間記録する構造があります。盾の裏側へ付ければ、持ち手側へ伝わった衝撃を比較できます」
「測定結晶として記録します」
エルザが書き加えた。
ヴォルフガングが、訓練用の槍へ目を向ける。
「盾だけでなく、槍も必要だ」
「長すぎれば、村の中では扱いにくくなります」
クラウスが答える。
「短すぎれば、魔物との距離を保てません」
「先端へ結晶を付けますか」
レオンハルトが尋ねる。
「まずは普通の槍を使え」
ヴォルフガングが遮った。
「結晶がなくても扱える者にしてからだ」
「ですが、硬い外皮へ穂先が当たると、横へ滑ります」
クラウスが言った。
「貫通力を上げるより、滑りを抑えるほうがよいかもしれません」
グレーテルが穂先を手に取る。
「接触した瞬間だけ、穂先の周りに摩擦を増す結晶面を出せばどうだ」
「刺さる突起ではなく、表面へ吸着するような結晶ですか」
レオンハルトが尋ねる。
「そうだ。相手を深く傷つけるんじゃなく、押し返すために使う」
「柄へ返る衝撃も分散できます」
「人へ使えば危険です」
クラウスが言った。
「対人使用を防ぐ仕組みは作れますか」
「相手が人間かどうかを結晶が自動で判断するのは、今の私には難しいです」
エルザが記録する。
「対人使用防止機構は未解決、として残します」
「運用だけにも任せられん」
ヴォルフガングが言った。
「結晶部品は普段、槍へ付けない。魔物討伐時だけ隊長が保管箱から出し、装着する」
「解除用の鍵結晶も、隊長が管理します」
レオンハルトが続ける。
「一度起動した結晶部品は、一定時間で停止する構造にします」
「使用後は回収し、数と状態を確認する」
クラウスが言った。
「誰が、いつ、どこで装着したかも記録します」
エルザが書き加えた。
こうして、結晶盾と結晶槍の開発が始まった。
レオンハルト一人の思いつきではない。
クラウスが、使用者として必要な性能を伝える。
ヴォルフガングが、使う条件と権限を決める。
グレーテルが、壊れにくく交換できる構造へ変える。
エルザが、比較方法と未解決の問題を記録する。
レオンハルトが、それぞれの要求を結晶として形にする。
◇
クラウスの身元確認が完了したのは、それから八日後だった。
その間もクラウスは臨時教官として働き、結晶盾の試作にも使用者側の意見を出していた。
ローゼンフェルト子爵家から届いた報告には、解雇通知が正式なものだと記されている。
旅の途中で働いた二つの商会からも、護衛中に問題を起こしていないとの返答が届いた。
報酬の一部を、負傷した同僚へ渡したという証言もある。
ヴォルフガングは、クラウスを防衛隊の常備警備をまとめる責任者として推薦した。
アーデルハイトはその内容を通信結晶で父へ報告し、フリードリヒ子爵から正式な承認を得た。
『領地防衛隊の常備騎士隊長として任命を認める。人員と権限は防衛隊規則に従うこと。以上』
その翌日。
管理屋敷の会議室で、任命式が行われた。
アーデルハイトが任命書を読み上げる。
「クラウス・アードラーを、ローゼンフェルト領地防衛隊の騎士隊長へ任命します」
騎士隊は、防衛隊の中でも常勤で村内警備、商隊護衛、重要施設の警戒を担当する小隊だった。
現時点では、クラウスを含めて六人。
将来、人員が増えれば正式な騎士団へ発展させる予定になっている。
「私が、騎士隊長に」
クラウスは任命書を見つめた。
「不満ですか」
レオンハルトが尋ねる。
「いいえ。ただ、私は一度騎士団を追われました」
「嘘へ従わなかったために、です」
「ですが――」
「ここでは、真実を話したことを罪にはしません」
レオンハルトは立ち上がった。
「クラウスさん。私と、この土地で暮らす人々を守る力を貸してください」
クラウスは、初めて正式に片膝をついた。
右拳を胸へ当て、深く頭を下げる。
「この剣を、レオンハルト様と領民のために捧げます」
「私だけではありません」
「はい」
クラウスは顔を上げた。
「この土地で暮らすすべての者を守ります」
ヴォルフガングが腕を組み、静かに頷いた。
◇
任命式のあと。
広場の試験区画には、三枚の盾が並べられていた。
木だけで作った盾。
木の表面へ薄い鉄板を付けた盾。
木と鉄板の間へ、淡い青色の結晶層を収めた盾。
いずれも同じ形と大きさだ。
最初の試験では、人が盾を持たない。
それぞれを木製の人形へ固定し、同じ角度で並べている。
正面には、グレーテルが作った振り子式打撃装置があった。
太い梁から、重い木槌が吊り下げられている。
決められた高さまで引き上げ、留め具を外せば、毎回ほぼ同じ強さで盾へぶつかる。
盾の裏には、記憶結晶を応用した測定結晶が付けられていた。
衝撃の強さを、光の濃さとして短時間記録する。
「第一段階。低い位置から開始します」
エルザが記録帳を開く。
木盾。
鉄板付き盾。
結晶盾。
同じ高さから順番に木槌を当てる。
木盾は表面が大きくへこんだ。
鉄板付き盾はへこみが少ないが、裏側の測定結晶が強く赤く光った。
結晶盾は表面へ傷が付いたものの、測定結晶の光は淡い橙色に留まる。
「持ち手側へ伝わる衝撃は、木盾の六割ほどです」
レオンハルトが結晶の記録を読む。
「鉄板付き盾よりは?」
「半分以下です」
「結晶板に亀裂は?」
グレーテルが盾を開く。
「ありません」
第二段階。
振り子の高さを上げる。
第三段階では、さらに重い槌へ交換する。
木盾は割れた。
鉄板付き盾は外側こそ耐えたが、固定具が曲がり、持ち手へ大きな衝撃が伝わっている。
結晶盾は外側の木へ亀裂が入ったものの、内部の結晶板が衝撃を周囲へ分けていた。
「無人試験は合格だな」
グレーテルが言った。
「次は、人が持った状態での負担を確認する」
「最初は弱い段階からです」
エルザが念を押す。
クラウスが試作盾を持ち上げた。
「普通の鉄盾より軽い。木盾よりは重いですが、扱えます」
「足と腕に異常があれば、すぐ手を離してください」
マルタが横で待機する。
最初は低い位置からの打撃。
クラウスの身体が僅かに押された。
だが、腕は大きく跳ね上がらない。
盾の内部で、淡い青色の光が円を描くように広がった。
「腕への衝撃は?」
エルザが尋ねる。
「木盾で同じ試験をしたときより、かなり軽いです」
「数値は、測定結晶で木盾の五割八分」
レオンハルトが答える。
「次の動作へ移れますか」
ヴォルフガングが尋ねる。
クラウスは盾を構え直し、木槍を突き出す動きをした。
「問題ありません」
「完成ですか」
レオンハルトが期待を込めて尋ねる。
「一度持って耐えただけで完成にするな」
グレーテルとヴォルフガングの声が重なった。
「連続衝撃」
「雨と湿気」
「熱と寒さ」
「結晶板の交換時間」
「長期使用後の劣化」
エルザが次々に記録していく。
「体格による違いも必要です。後日、大柄な鉱夫、小柄な隊員、女性隊員にも弱い段階から持ってもらいます」
「まだ試験は続くのですね」
レオンハルトが言う。
「続けるから、実戦で人に持たせられる」
クラウスは試作盾を見つめた。
かつて所属した騎士団では、武器や鎧は家名と威信を示すものでもあった。
ここでは違う。
誰かの地位を飾るためではない。
衝撃を減らし、使う者が次の一歩を踏み出すために作られている。
「この盾の名は?」
クラウスが尋ねた。
「まだ決めていません」
「結晶盾でいいだろ」
グレーテルが答える。
「分かりやすいです」
エルザが記録帳の表紙へ書き込む。
結晶盾・第一試作型。
その文字の横へ、試験日と担当者の名が並んだ。
レオンハルト。
グレーテル。
ヴォルフガング。
エルザ。
そして、クラウス・アードラー。
真実を話したために騎士団を追われた男は、その日、廃鉱山の村で再び盾を持った。
今度は家名の威信ではなく、目の前にある人々の暮らしを守るために。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマークや評価をいただけると励みになります。
よろしくお願いいたします。




